<7-5>解決、そして混沌
「なぁ、『真田五郎』って、知っているか?」
「真田……さっきの老人ですが?」
「あー、まー、そういうわけじゃぁ、ないんだがなぁ」
「真田といえば、真田幸村、真田十勇士……あとは宇宙戦艦ヤマトの」
「こんなこともあろうかとってヤツか!」
「あー、そうです、あの技術班の」
「ふん、まったく人を喰った話だ」
「どうかしました?」
鳴門刑事はなんとなく話の顛末が理解できたよう気がしたが、あえて気がついていない振りをした。
「あるときは拝み屋、またある時は技術屋、果たしてその正体は?ってか」
後藤は尾上弥太郎、真田五郎と名乗るチョーカーの男から受け取った携帯を眺めながめていると不意に携帯が鳴った。
「ちぃっ!まったくあの爺さんときたら」
待ち受け画面は尾上弥太郎の禿げ上がった頭の写真が映し出されていた。
「はい、後藤です……はい、はぁ、はぁ、うむぅ」
後藤の表情が若干険しくなった。
「わかりました。こちらも例の男に心当たりがあるんでそっちを先に済ませます。えー、なるべく早く合流できるように……はい、くれぐれも一人では動かないでください。では後ほど」
「なにか動きがあったんですか?」
後藤は鳴門刑事の方をトントンと2回叩いて歩みを急がさせた。
「少し状況が動いた。こっちを早く済ませる。白鷺組にまず挨拶だ」
後藤は駅前でタクシーを拾い、白鷺組みの事務所がある笠井南まで急いだ。
「確か白鷺組には、何かネタがあったよな、鳴門」
「えー、白鷺組の若い連中が飲食店で客に暴行を加えたとか、確か二日前です」
「上等だ。それで十分だ」
後藤と鳴門刑事は白鷺組の事務所がある雑居ビルの前でタクシーを降りるとすぐに事務所の前に若い男が現れた。
「こりゃあ江戸川南署の後藤さんじゃないですか?今日は何の御用で」
「あー、ちっと聞きたい事があってな」
「そりゃぁ、残念です。あいにく組長は外出中で……きちんとアポを取っていただきませんと」
「アポだぁ?令状の間違いじゃないのか」
「随分物騒なことを……こんな道端で堂々とおっしゃるからには……」
それまでニヤニヤとしながら腰を低くしていた男は、急に態度を変えてすごみ始める。
「なんか証拠があって動いてんだろうな、コラァアア!」
しかし、後藤も鳴門刑事も全く動じなかった。
「いきがるのもいい加減にして置けよ。二日前、駅前のビルで客とひと悶着あっただろう。今日はその話を聞きにきただけだよ。それとも何か?なんか他にやましいことでもあるのかな?」
鳴門刑事は相手の勢いを受け流すような口調で、しかし、強い眼光で相手を睨みつける。
「まぁ、まぁ、これは家庭訪問ってやつだ。別に組長がいなくても構わんさ、この程度のことなら他に話ができるやつがいるだろうが……それとも何か?白鷺組は加賀組と違って人材が不足しているのかな?」
後藤がたきつける。
「何だと貴様ぁまぁあ、もういっぺん言ってみろコラァ」
若い男は後藤に掴みかかる勢いでわめき散らす。
「うるせーな、何の騒ぎだ!さっきからぎゃーぎゃーと!」
事務所から一人の背の高い男が現れた。
「こりゃ、後藤さんじゃないですか?今日は何の御用で?」
「おお、武井か?組長留守だって?」
「はい、ちょっと出てます。連絡取りましょか?」
「いや、たいしたことじゃないんだ。お前のところの若いもん、もっとシツケしておけよ、ぎゃーぎゃーうるさくてしょうがない」
「はい、よく言い聞かせておきます。御用はそれだけで?」
「あー、ついでになんか最近俺の周りをちょろちょろかぎまわっているやつがいるんだが……こいつだ、見覚えないか」
後藤は携帯を取り出し、駅前で後藤をつけていた男の写真を武井に見せた。
「あー、何度か見たことありますがね。組長の客なんで、わたしには誰のことだか」
「ほー、否定しないんだな」
「どうせ察しはついてるんでしょ、後藤さん?組長にはわたしから伝えます。それでよろしいですか?」
「あー、構わんよ。だが悪いが今ここで連絡を取ってもらえるかな。こっちも、いろいろと訳ありでね。急いでいるんだ」
武井はしばらく後藤を見つめた。そして決断した。
「もしもし、あ、すいません、武井です。実は今、こっちに江戸川南署の後藤刑事さんが見えてまして、はい、はい、そうです。で、この前いらした、組長のお客様の写真をお持ちになられてまして、何か心当たりはないかと申してまして……はい……はい……わかりました。お伝えしておきます。はい、では失礼します」
武井は携帯で組長と話している間も、ずっと後藤を見つめていた。携帯を切ると後藤に目で合図をした。
「ありがとう。で、組長はなんと?」
「わかった。話はつけておくと、それだけお伝えしろと、いうことです」
「そりゃぁどうも。平和的に解決できたことを心から感謝していると組長に伝えておいてくれ、二日前の傷害事件はまぁ、客も酔ってたってことで、双方おとがめなし、これでチャラだ。いいな」
「そりゃぁ、つりあわない話だ後藤さん。わたしにも立場というものがありますので、こちらが納得できる情報をいただきたい。いったい何なんです。この騒ぎは?」
「知らん。だがすべて解決さ。こいつは俺たちデカの動くヤマでもなけりゃ、あんたら極道のシマの争いやとったとられたの話でもねぇ。だから警察も極道もお互いに手を引く。そう組長に伝えてくれればいい」
「あんた、食えない男だね。後藤さん?」
「ふん、言うな。俺も今さっき、食えない野郎にコケにされたばかりさ」
「まぁ、わかりました。どうやら今回は後藤さんに大きな借りができた……ということのようですね?」
「そう思ってくれるなら結構。仲良くはできないが、感謝されて悪い気はしない」
そう言い残すと後藤は振り返り右手を上げて手を振った。堂々と相手に背中を見せてその場を去っていった。
「ふん、江戸川南署の後藤か、噂には聞いていたがなるほど、たいした男だな。さて、いずれにしてもこいつは『タダ』じゃすまねぇな」
武井は思いをめぐらせていた。自分が動くべきか、それとも流れに身を任せるべきかを。そして再び携帯電話の電話帳を眺めながら、その場にいた若い連中に凄みをきかせた。
「お前ら、わかってんだろうな。手だしするなよ。ことと場合によっちゃ組長の立場を危うくするからな」
後藤に手玉に取られて不快感をあらわにしながらも若い連中は事務所に戻った。武井は一人、その場に残り呟いた。
「もっとも、すでに手遅れかもしれないがな。それは組長の問題であって俺の問題じゃない。本当にこりゃ、タダじゃすまないな」
結局武井は携帯電話パタンと閉じて胸のポケットにしまいこんだ。
「荒れ模様だな」
武井の見上げた笠井町の空は、恐ろしいほど静かだった。武井はひどくザワザワとした胸騒ぎを、どこか期待している自分に思わず噴出した。
「まったく、度しがでぇなぁ」