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<7-2>帰り道

 真壁は混沌の中にいた。真壁が直面している問題もそうであるが、真壁のあずかり知らないところでさらに事態は混沌を極めていた。


「部屋に帰っても落ち着かないし、かといって他に行くあても思いつかない。考えることが面倒だ。面倒というのは違うな。多分イヤなだけだな」

 真壁は冷静に自分の置かれている状況を分析していた。しかし分析すればするほどに、真壁は無限の不確定要素の中でループするしかなかった。

「解決できないエラーは無視するしかない。それによって何かが止まったり誤動作をするわけじゃない。不測のエラーがあるということがわかっているだけ、まだいい。大丈夫。まだ、容量をオーバーしているわけじゃない」


 真壁は冷徹に、非情に、そして効率的に問題解決の結論を導き出そうとしていた。

「用は、無視をすればいい。解決できないエラーは無視をすればプログラムは流れる。なに、たいしたことではない。確率上から言えば存在を無視してかまわないエラーだ」


 真壁は特に信心深いわけではなかったが、かといってそういったものの存在をすべて否定するほど関心もなかった。あったとしても、自分の生活に支障がない限り無視することは可能だ。真壁自信、人生においていくつかのエラーを無視してきた。自分ひとりが生きていくうえではそれはまったく問題がなかった。


「真壁さん、悪い人じゃないんだけど、どうも付き合いづらいというか、どこか人間離れしているというか、それこそ、アレはmakabeと言う名のプログラムじゃないかと思うくらい人間らしい『いい加減さ』がないよね」

 同僚たちは真壁の仕事の能力は高く評価していたし、普段のコミュニケーションで不快感を覚えるようなことはなかった。だがしかし、真壁の人間関係や世間とのかかわり方を見ているとあまりにも割りきりが早くそしてはっきりとしていて、誰もが仕事の面では真壁のようになりたいと一度は考えはするものの、しかし、やはり、真壁にはなれない、なりたくはないと思うのであった。


真壁は会社のすぐ近くに住んでいた。普通に歩いたら10分もかからない。しかし真壁はやはり、最短の道を選んで会社に通う。途中100円駐車場の敷地内を対角線上に横切ることで、僅かな距離をショートカットできる。しかし帰り道はのルートを通らない。必ず寄り道をする。銀行、書店、コンビニ、飲食店、スーパー、ドラッグストア。レンタルショップ――どこでもよかった。それは仕事からプライベートへの気持ちの切り替えのスイッチのようなものだった。


「時間ができちゃったな。何かDVDでも借りて帰るか」

 同僚からは顔色が悪いと言われているが、真壁自信、それほど体調の悪さを感じてはいなかった。ただ少し、疲れているだけ、ただ少し睡眠が浅いだけ。

「あんなものと一緒じゃ、家にいてもくつろげるはずはないのだが……」

 真壁自信、自分が殺した――いや、彼らは自ら破滅の道を選んだのだ――3人の男の亡霊らしきものとの生活は異常であり、決してろくなことにはならないと考えていた。だが同時に、だからといってどうすることもできず、また、逃げ出すこともイヤだった。


 レンタルショップへの道すがら、真壁はあの夜のことを思い出していた。あの夜――真壁の目の前で起きた光景。午後から振り出した雨の中、レンタルショップで一本の傘が盗まれた。それを目撃した真壁は、その傘の持ち主と共に、盗まれた傘の後を追い、そして真壁は見た。社会のルールを犯した人間の受けた罰。傘を盗んだ若い男は、そのことによって夜の雨の中、自動車にはねられ足を怪我したのだ。傘は無事に傘の持ち主――下駄の男の元に戻った。そしてその男は真壁に礼だといって真壁の傘になにやら術のようなものを施した。


「あれ以来傘をなくすことはなくなった。感謝している。そして、この街のゴミのような人間を掃除してくれた。本当にありがたいと、今は思っている」

 真壁の傘は、下駄の男の施した術によって特殊な能力を帯びていた。真壁が傘を忘れそうになると、誰かがそれを知らせてくれた。まじないごとを信じるつもりはなかったが、それを疑うことすら必要を感じなかった。便利であれば、それはそれでいい。しかし、数日後、真壁をこの傘の本当の恐ろしさに気づく。


「人は多くても狭い街だ。同じ人間が傘を盗む場面を2度目撃することもあって不思議はない。その確率が高いか低いか、それはつまりあの若者の人間としての価値が高いか低いかということと等しい」

 不幸なことに――もちろんその若者にとってではない、真壁にとってだ――真壁は下駄の男の傘を盗んだ若者が、もう一度傘を盗むとところ――つまり真壁の不思議な能力を帯びた傘が盗まれるところを見ることとなる。その若者は、傘を盗んで数分後に車にはねられこの世を去った。


「ワタシのせいなのか?しかしワタシの何が悪いというのだ。ワタシはただ、傘を持って店に入っただけなのだ。あの若者もワタシの傘でなく、他の人間の傘を盗んでいれば、いや、そもそも傘など盗まなければよかったのだ。あのような輩がいるから世の中おかしくなる。傘を盗まれた人間の中には、さらに他の人間の傘を盗むかもしれない。そうやって社会は乱れていくのだ。傘ひとつのことが、場合によっては命の奪い合いになることもあるかもしれない。だったら……だったらそんな輩は……」


いなくなればいいのに

氏ねばいいのに

死ねばいいのに


 真壁の頭の中でコンピュータのモニターに映し出される誹謗中傷の言葉の羅列


「世の中が乱れている。それはそれでいい。だが、頼むからワタシを巻き込まないでくれ、巻き込まないでいてくれたら、ワタシはずっと無視し続けるのに……でも、あいつら、まったく、まったく不愉快だ」


 真壁がぶつぶつとつぶやきながら通り過ぎていく。すれ違いざまにまるで呪詛のように「シネバイイノニ、シネバイイノニ、イナクナレバイイノニ」と聞こえてくる。だが、真壁を振り向くものはいない。なぜならそんな声は、この街の雑踏の中にすっかりと飲み込まれてしまうからだ。



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