<6-4>こんなこともあろうかと
「どうもいかんなぁ」
尾上弥太郎と名乗る老人はボソッとつぶやいた。
「なにか、気になることでも?」
後藤はチョーカーの男の顔をしげしげと見つめていた。
「やな感じがするぞい」
下駄の男、拝みやは視線を感じていた。それもねっとりとへばりつくような嫌な感覚だった。
「どうかのぉ、今日はこの辺で引き上げんか?」
突然の申し出に後藤は一瞬戸惑ったがしかし、尾上弥太郎と名乗る男のどこかイタズラを企んでいるような顔を見るとある程度の状況を察した。
「すいません。実は一人……俺の部下がずっとこちらを見張っています」
「おー、主も気付いておったか……じゃがなぁ、まだ他にもおるぞい」
男はチョーカーを治す振りをしながら、目で後藤に方角を合図した。後藤はタバコに火をつける不利をしながら、その方角を確かめる。人影が一瞬不自然な動きで人ごみに消えていったように見えた。どうやらもう一人、客が居るようだ。
「どうでしょう?そういうことなら、また今度ということでもいいのですが……あまり悠長なことを言ってられない状況なんでしょう?」
「う~ん、そうじゃなぁ」
尾上弥太郎と名乗る老人はiPhonを取り出し、後藤に画面を見せた。そこには先ほど人影に消えていった男の姿が映っていた。
「いつの間に撮ったんですか?しかし、これじゃぁ、よくわから……」
後藤はこの手の端末にはからっきし弱かった。尾上の指先が画面の上で動くたびに、男の画像は拡大されていく。
「おー、こりゃ白鷺組によく出入りしている男です。なるほど、こりゃあたまげた」
「このジャケットにはちょっとした仕掛けがしてあってのぉ、気になったときにちょこちょこっとやるとこんな具合に写真が撮れるんじゃ」
男はなんとも楽しそうに笑いながら端末をいじっていた。
「ちゃんと装備してきてよかったぞい。背中が寒くちゃ仕事にならんからのぉ」
予めこういう事態を予想していた――ということなのだろうか?
「フン!主もワシも、身内からはあまり信用されていないようじゃな」
後藤は考えた。多分鳴門刑事の独断で動いたのではないだろう。大方岡島警部補の差し金か、或いは署長あたりがかぎつけたかだろう。しかしこの老人はどうなのか?真壁という男は直接関係があるが、筋の悪い連中との関わりもあるということなのか
「真壁のことはワシと主しか知らん。が、それが他の連中に知られると守れるものも守れなくなる」
「真壁との接触は、誰にもわからない場所でやらなければならない――ということですね」
「うむぅ、ここはどうかのぉ、ワシに任せてはくれんかのぉ。主は写真の男の動きを止めてくれぬか。ワシが真壁を抑えたら、主に連絡をする。ワシも主が来るまでは真壁には手を出さない。どうかのぉ?」
「どうやらあなたの言うとおりにするしかないようです。わかりました。どうやって連絡をとりあいますか?」
「逮捕するとか言うなよ。これを使って連絡をする」
そういうと尾上弥太郎と名乗る老人はジャケットのポケットから1台の携帯端末を取り出した。
「ワシとのホットラインじゃ。互いに通話記録なんぞ残したくないじゃろう?」
後藤は首を振りながら両手を上げた。
「まったく、あんたいったい何者なんですか?」
チョーカーの男は笑いながら言った。
「ワシか?ワシは真田五郎じゃよ」




