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<6-3>笠井町

「おー、榊原か。あー、手配した。心配するな。あー、腕は確かだ」

 笠井町の繁華街を牛耳る小さな暴力団の7代目、榊原嘉昭。榊原はまだ20代のうちに7代目を継いだ。そのときはそれほど大きなシマを任されていたわけではないが、様々な抗争、計略、戦略を持って今では笠井町に大きな影響力を持つまでになった。


 笠井町はもともとは工業地帯で、現在ほどにぎわう街ではなかった。昭和後期、再開発が進み、笠井駅の周辺は工業地帯から住宅地へと姿を変えていった。街は大いに賑わい、人口もこの10年はずっと右肩上がりで、主要な銀行、大手量販店が次々と出店し、商業地域としても急激に発展した。都心に近く、学校も充実していることから若い夫婦が多く住み、23区内でも人口のバランスが取れた街となっている。

 昼間は、学生や主婦で街がにぎわい、夜は仕事帰りのサラリーマンがビールを飲むような居酒屋がにぎわう。風俗こそはないものの、そのぶんキャバクラが駅周辺の雑居ビルに乱立し、そういう店で働くキャバクラ譲のためのホストクラブや早朝まで営業している焼肉屋や中華料理屋もある。

 もうひとつ特徴的なのは、外国人である。中国、韓国、台湾といった東アジアの国々のほかにインドやベトナムなどIT企業に勤める外国人やIT系専門学校や日本語学校に通う学生も生活している。もちろんフィリピンパブなど夜の街で働く労働者もいる。そして犯罪に手を染めるもの、或いは犯罪そのものを目的でこの街に住む者も少なからず存在する。


 暗闘――榊原は中国系の組織と手を組み自分のシマを拡大して行った。飛ぶ鳥を落とす勢いの榊原だったが、もともと弱小の組織だけに有力な後ろ盾がなかった。中国系の組織とはあくまでビジネスであり、いつ後ろから刺されるかもしれない。そこで榊原は先代の遺言に従い、ある人物を頼ることにした。


「まったく、先代がこんなヤバイ方と繋がっていたなんてなぁ。まぁ、力がなくてはこまるが、あり過ぎるのも考え物だ」

 榊原が頼った人物とは、日本の中枢に顔が利き、しかもその存在は実に曖昧である。どういうわけで弱小組織の先代がこの人物と繋がっていたのかはわからない。しかし、その人物自ら、先代を死に至らしめたのは自分だといわれたときには、流石に困惑した。


「先代はな、情に厚い男じゃった。いい男よ。だがな、それだけではな……それだけでは生き残れないのがこの世界よ。わかるな」

 榊原は初めて恐怖を感じた。この老人の言葉はまるで頭の中に直接話しかけてくるような、まるで全てを見通しているような感覚。ダメだ。この老人には勝てない。歯が立たない。

「その先代がお前のことを高く評価しておった。器は先代より上、実力は十分にあるが、有力な後ろ盾も目付け役もいない。どうか後のことをお願いしたいとな……よかったな7代目、いい先代を持って。感謝するんだな。そして決してワシの意に沿わないことをするんじゃないぞ。親も子も手をかけたとあってはなぁ……ワシも流石に目覚めが悪い」


 以来5年、老人から特に指示や命令を受けたこともなければ、老人の力を頼ったことはなかった。しかし榊原は感じていた。いまこのバランスを保てているのはこの老人の目が光っているからであり、笠井町の中の勢力争いはほとんどの場合、平和的に解決している。ところが今年になってから老人からいくつかの指示が出るようになった。その一つが今回の件である。


「どうも何かが動き出しているようだが、こちらもただ利用されるって訳にもいかねぇしなぁ。見るなといわれたものを見るつもりはないが、見てはいけないものを他人の口から聞くって言うのは、聞こえちまうものはしょうがねぇもんなぁ」


 榊原は『後藤が3人の部下の不審な事故に関する容疑者をマークしているらしい。その男の持っている情報はヤバイかも知れない』と別の組織の幹部――先代と共にこの笠井町周辺を分割して支配していた白鷺組に情報の横流しをしたのである。榊原はどのような結果が出ようとも構わなかった。

「加藤の野郎、オレに隠れてオイタした報いだ。白鷺組の絡んで数字ごまかしやがて……ここは白鷺組に踊ってもらわなきゃなぁ、それだけの出演料は加藤から受け取ってるんだろうからなぁ」


 三人目の犠牲者、加藤三治は榊原の目を盗んで白鷺組と共謀し、情報や決して小さくない金額の取引を横流しして小遣いを稼いでいたのだった。榊原はそれに気付いていたが、加藤を泳がせていた――いつか利用する機会がある。つまり加藤の死は榊原にとっても計算外であり、榊原を慌てさせた。しかし事の真相が榊原の領分でないとわかれば、あとは投資した分をいかに回収するかであった。


「白鷺組の連中、慌てて容疑者を消すか……あの方の意に背けば、ただでは済まないだろうに、かわいそうなことだ」

 表向きにぎやかで華やいでいる笠井町の裏では、常に複数の策謀がめぐらされている。それに気付くものは少ない。


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