<6-2>死角
真壁を追う後藤と尾上弥太郎と名乗る男。そしてさらにその二人を物陰から見つめる男がいた。
「どうも僕にはこういう役は……」
鳴門刑事が後藤を尾行してから5時間が経過しようとしている。刑事の単独での捜査はご法度である。何かあったら責任問題は免れない。後藤はこれまでも単独捜査をたびたび行い、何度か上から注意を受けている。しかしそのたびに後藤は成果を上げ、つじつまを合わせている。つまり処世術を心得ている。
「よき上司と物分りのいい部下……あれ?逆だっけな?」
鳴門刑事は間違ってはいなかった。後藤はその時々でその言葉を使い分けていた。だが、鳴門刑事にとってはどちらでもよかった。どんなに無茶な命令にも、後藤には常に正当な理由あった。最初のうち鳴門刑事も肝を冷やした。しかしすぐに、後藤の行動力、決断力、そしてなにより洞察力に敬服した。
「刑事っていうのは、法を守るのでもなく、国や秩序を守るのでもなく、自分の町を守る、まぁ、保安官みたいなもんだと思ってた。笑うだろう?でも、こりゃ、俺が物心ついた頃の、いわば夢みたいなもんさ、そんなもんにお前をつき合わせて申し訳ないが、まぁ、後任が決まるまでの間、よろしく頼むわ」
警察も組織である以上、いろんな理屈で動かなければならないということはよくわかっている。でも、中にはこういう人もいていいのではないか?決して後藤のようになりたいとは思わない鳴門刑事であったが、少なくとも敵にするべき人ではないと、最初はそんな風に考えていた。
「あの人ももう少し組織とか、部下の出世とか考えてくれればいいんだけどなぁ」
鳴門刑事は後藤のもつ人間くさい魅力に引かれている自分を戒めるような独り言が多くなっていることを自覚していた。
「それにしても、いったいあの老人は誰なんだ?」
鳴門刑事は迷っていた。岡島警部補からの命令は、後藤を尾行し、もしトラブルになるようなら後藤を止めろという命令、もっと言えばそうなる前に後藤の動きを抑えろというものだった。
「この件から手を引けという命令を黙ってきくようなら、わざわざ誰かに頼んだりせんよ。ワシも後藤の力になってやりたいが今回の件は正直手に負えん。お前さんがうまいこと事態を収拾してくれ。頼むぞ。少しでもおかしな動きがあったらすぐに連絡をするか、お前の判断で後藤を止めてくれ、いいな」
「よき上司と、物分りのいい……なんだっけ?」
鳴門刑事は岡島警部補に現在の状況、怪しげな老人と後藤がなにやら行動を共にしていると、報告するべきかどうか決めかねていた。どうせなかったことにするなら、全部なかったことでいいのではないか?それであれば早めに後藤を止めるべきでは?鳴門刑事は葛藤をしていた。それは後藤を気遣うことと岡島の命令に従うことの間の葛藤ではなく、鍵のかかった真実の扉を前にして、諦めるべきか鍵を探すべきかを迷うようなもうであった。
「どうも気にいらねえなぁ……」
鳴門刑事のほかにもう一人、後藤を見つめる男がいた。そしてその男は、鳴門刑事の存在にも気づいていた。おそらくこの場で、一番状況を把握している男である。
「後藤と一緒にいるジジイ、あれが噂の拝み屋か」
男は正確な情報の元に動き、その事実を確認し、そして様子をうかがっていた。
「あの二人が誰をマークしているか、そしてその男と後藤が接触した場合、その情報の入手。場合によってはその男を拉致、監禁場合によっては東京湾に沈めろってか。しかし、後藤も大変だな。身内にも信用されていないらしい」
男の位置からは、後藤と拝み屋、そして鳴門刑事を左右に捕らえられる位置だ。携帯電話のメールをチェックするようなフリをしながら、常に両方に目を配る。鳴門刑事のことは事前の情報では知らされていなかったが、身のこなしからすぐに刑事だとわかった。
「あのビルにターゲットがいるのだろうが、事務所に乗り込んでいって話を聞くという表立った動きはできないということか。つまり後藤の単独捜査、そしてそれを見張る部下といったところか」
鋭い洞察力は天性のものなのか、この家業を生業とするようになってからなのか、いずれにしても、それはこの男にとって、生きるか死ぬかの問題であった。
「まぁ、およそ夜までは動きがないか……しかし、そこまで事態が膠着しているとも思えないなぁ、なんせ、いろんな人間のいろんな目論見があるようだからな。こういうときは、先に動くのはヤバイな」
街に溶け込み、人ごみに溶け込む、それは暗く冷たい視線。男の生業、それは『始末屋』であった。