<1-2>雨宿り
先に席を立ったのはサラリーマン風の二人組みだった。おそらく外回り営業の上司と部下という関係だろうか。やや恰幅のいい中年男は、エネルギーがスーツを着て歩いているような印象だ。その部下と思しき細身でよく言えばスタイリッシュな青年は、入社して間もない新人という初々しさは感じられない。こなれた身のこなし――エリートか、エリート崩れか、鼻持ちならない自信家といったイメージだ。
「雨、まだ結構降ってますねぇ」
「あー、ここのとこ、ずっとこんな感じの天気だよなぁ。まったく、折りたたみじゃあ傘差してもスーツがびしょびしょだよ。ないよりかはましだけどな」
レジは出入り口のすぐそばにある。「会計は別々で」まぁ、そうだろう。二人ともカバンから折りたたみの傘を取り出した。使い古されたシワシワの傘と、折り目のきっちりついた下ろしたての傘が二つ、まるで滝の中に飛び込むように雨の中に消えていった。
まぁ、外回りのサラリーマンなら、この時期、折りたたみの傘は欠かせないだろう。しかしワタシはどうにも折りたたみ傘は好きにはなれない。無論その機能性は特筆すべきものがあるのだが、使った後、きれいにたたむのが面倒だ。少しでも気を抜くとシワになってしまうのが、どうにも許せない。しかしそれにも増してワタシが許せないのはビニール傘だ。
ビニール傘は使わない
まさしく大量生産、大量消費、道具に対する冒涜である。もちろん、ワタシも使うことはある。ビニール傘が嫌いだからといって、雨に濡れることをよしとはしない。選択肢がそれしかなければ、仕方がないと思う。だが、それでも許せない。あんなものが存在するから物を大事にしなくなるのだ。
大事に思わないから……思わないから、人様の物でも勝手に……
学生3人組はすでに食べ終わってはいるが、この雨の中、外に出なければならないほど、スケジュールに追われてはいないようだった。時間を持て余す――まさにそんな感じだ。まぁ、学生の頃は時間は無限にあるように思えるものだ。しかし無駄に消費した時間は、いつか必ず自分に返ってくる。あの時もっと、時間を有効に使っていれば……それに気付くのは、早いほうがいい。
ところで、今読んでいるキングの短編集は本当に面白い。『もしも誰も人が寄り付かないようなところで仮設トイレに閉じ込められたら――』という発想はゾクゾクとする。確かにあのトイレに入って、ドア側に下にして横倒しになってしまったら、まず自力で脱出することは不可能に近いだろう。それに、かりに排泄物をためるタンクから外に出られると思っても、果たして自分にそれが実行できるかどうか。
狭い穴に入り込んで身動きできなくなる経験は、子供の頃誰もがすることではないだろうか?頭は入ったものの行くに行けない、引くに引けなくなったとき、もう一生このままここから動けないのでは?という恐怖に苛まれる。あれは確かに怖い。ましてそこが、トイレのタンクとなれば、なおさらだ。ワタシがもしも世の中にどうしても許すことのできないヤツがいたら、是非この方法を試してみたいものだ。人は誰でも意地悪されるのはいやだが、するのは好きだ。そして、その様子を遠くから眺めるのはもっと楽しいだろう。
まぁ、いい、問題は今日の雨、そしてあの『招かれざる客』だ。
傘がない
確かに『集団』というのは個人のモラルを下げる機能があるのかもしれない。だが、ワタシが待ち望んでいる『状況に至る』ようなことは今のところ起きていない。
たとえば、あの学生の集団の場合、3人のうち、一人が傘を持っていなかったとすると、残る二人のどちらかの傘に入れてもらえばいい。また二人が持っていない場合は持っているやつが、持っていない二人の行動にあわせることが多い。そしてほとんどの場合、雨が弱くなるまで待つ。やみそうになければ、傘を売っている店――コンビニや気の利いたドラッグストアまで3人で傘に入ればいい。
やはり、『事が起きるとき』は一人でいるとき、そして、『油断しているとき』なのだ。あの若者のように、そしてここにいる『招かれざる客』のように……