<5-4>拝み屋
意外――とは思わなかった。後藤はチョーカーの男から声をかけられた時点で自分の素性は相手にわかっていると想像していた。
「まいったなぁ。やりにくいったらしょうがない」
後藤は髪の毛を掻き揚げ、渋い顔をしながらチョーカーの男を見つめた。こうもあっさりと向こうが手の内を明かしてくる――それはつまり、相手の余裕から来るものであり、おそらくは後藤自身が掴んでいない情報を――それもかなり確信に近い部分を、このチョーカーの男が持ている。しかも、後藤が警察組織、それもどういう素性の捜査をしているのかも知っていて、尚且つ……尚且つ実力で後藤を押さえつけるだけの切り札を持っている可能性を示している。
「じゃぁ、まず、これは大前提なんだが、あんた敵か?味方か?」
その言葉を聞いたチョーカーの男は、目を丸くし、一瞬怒ったのかと思いきや、次の瞬間大きな声を上げて笑い出した。
「かぁー、かっかっかっ、ほー、お主もなかなかのもんじゃのぉー、うんん?」
その笑い声はイヤミのない豪快なものだった。後藤は確信した――敵ではなさそうだ。
「いいじゃろう。まぁ、そうじゃなぁ、今はまだ敵でもなければ、味方でもない。お主がこれから取る行動によってどっちらにでもなる。そしてワシは味方になることを望んでおる。これは本当じゃよ」
今度は後藤が大笑いをした。
「いやいや、参りましたねどうも……それって、言い方はともかく立派な恐喝みたいなもんなんですけどね」
チョーカーの男はひどく何かを納得したような表情で何度かうなづくと、やがて真剣な顔でおもむろに語りだした。
「ワシらがこうして穏やかに会話をしている間にも、事態は刻々と悪いほうへ向かっておる。このままでは、あの男もそう長くは持つまい」
「それはあまり、穏やかな話じゃないですなぁ。やはり被害者の身内の手が伸びていると?」
後藤もすっかり刑事の顔になっていた。
「それもある。が、それはワシの分野ではないんじゃ。そっちはむしろお主にいい感じにして欲しいと思っちょるのだがなぁ」
チョーカーの男がめずらしく言葉を濁すような含みのある言い方をしたことに後藤は必ずしもこの男が全てをコントロールしているのではないことを見て取った。
「ワシのやらなければならんことは、まず、ワシしかできん分野であの男を救うこと、次にお前さんがそれを黙って見てくれるように頼むこと、そしてあの男の安全が社会的に確保されるように担保すること、この3つじゃ」
チョーカーの男は多分自分を信頼し、ある程度の手の内をカードを見せたのだと後藤は思った。しかし、この男にしかできない分野とはいったい何のことなのか?
「なるほど、話は大体わかりました。しかし、ワタシにも職務というものがあります。これは、まぁ、この『職務』という奴は、一般の会社のそれとは違って権限やら責務やら、いろいろとややこしいんです。黙ってみていろといわれて、はい、そうですかでは、この『職務』は務まりません。なにより……」
「なによりお主が納得いかないことには……か?」
ここに来て、二人の呼吸は始めてとは思えないほどぴったり合っていた。
「まぁ、そういうことになります。目の前で起きた事が、ワタシが黙って見ていられる部類のことならば、手出し、口出しはしません、お約束します。しかし、それがそうでない時は――保証しかねますね」
チョーカーの男はニコニコしながら後藤をみて言った。
「なーに、心配はいらん。ワシの分野はそれこそ専門中の専門じゃ。お主の手を煩わせるようなこともなければ、口を出させるようなへまもしないわい」
後藤は腹を決めた。
「わかりました。あなたのおっしゃるとおりにしましょう。ただし、条件があります」
「なんじゃい?」
「あなたのその専門分野とやらがどんなものなのか、同行させてください。手も口も出しません。約束します」
チョーカーの男はまじまじと後藤の顔を覗き込むように見ると、また大きな声で笑い出した。
「まぁ、それもよからろう。ただし、お主、このことは他言無用、まぁ、報告書に書けるような分野の話ではないから、書こうと思ってもかけんだろうが、それにしてもお主もたいしたもんじゃのぉー」
「何がです?」
「ワシの名前や素性を一切聞こうとせん。なかなか結構な心がけじゃ」
「聞けば教えてもらえますか?」
「かぁ、かっ、かっ、かっ 年寄りの扱いがうまいのぉー」
チョーカーの男はベンチから立ち上がり、名を名乗った。
「ワシの名はのぉ 尾上弥太郎じゃ――お・が・み・や じゃ」
目を丸めて戸惑っている後藤を愉快そうに見つめているチョーカーの男――下駄の男は上機嫌だった。