<5-2>接触
後藤は事故があった現場近くの駅の改札に張り付き、『傘の男』の姿を探したが空振りに終わった。11時を過ぎてから加藤が最後に立ち寄ったラーメン店に立ち寄り、『傘の男』の写真を見せて店員の話を聞いたが、あまり収穫がなかった。それほど顔が鮮明に映っている写真ではない。
それから後藤は事故があった通りを見ることができるコーヒーショップに立ち寄り、昼時の人の流れをじっと見つめいた。執念である。後藤は『傘の男』のビデオを何べんも繰り返して見ていた。静止画ではわからない身のこなしやしぐさに合致する人影をずっと探し続けた。
2時を回った頃、一人の男の姿が後藤の目に留まった。後藤はその人影を追ってコーヒーショップを出ると、注意深くその男のあとをつけた。その男は第二の事故のときに防犯カメラで撮られた書店に立ち寄り、なにやら雑誌を購入しいた。男は書店を出ると、そこから300メートルほど離れた、駅の反対側のビルに姿を消した。エレベータで降りた階を確認し、エレベーターホールの案内板で会社名を特定した。
「笠井情報システム……コンピュータ関連ってとこか」
「なんじゃい、もう、ここまで嗅ぎ付けたんかい?」
不意に後藤の背中越しに声がした。
「誰だ?」
後藤の後ろには一人の男が立っていた。帽子―黒のハンチング、黒のチョーカー、茶色の皮のジャケット、白のシャツ、薄茶色のスラックス、白の革靴。身長160センチ、中肉中背、肌はやや日焼けし健康的、眉毛に少し白髪が混じっている50歳~60歳くらい……後藤は瞬時にその男の特徴を捉えた。
「いきなり誰だとはごあいさつだな、お主」
その男はニコリと笑いながら帽子を取って挨拶をした。
「あー、すまない。だがいきなり後ろから声をかけられたら、誰だって驚くだろう?」
そうではない。声をかけられて驚いたのではなく、すぐ後ろまで近づいているにも関わらず気配を感じ取れなかった事が驚いた――いや、恐ろしかったのだ。
「まぁ、なんだ、ここで目立つのはお互いに望むところではあるまい。少し歩かんか?」
後藤は警戒レベルを落とし、男の提案を受け入れることにした。たしかにここで目立つのは得策ではない。
「真壁直行、それがあの男の名前じゃ」
5メートルも歩かないうちに男は、チョーカーの男は思いがけないことを口にした。
「なんで、そんなことを……いや、あんたいったい?」
男の歩くスピードは後藤のそれよりも早く、後藤は小走りにチョーカーの男の後を追う格好になっていた。これは後藤にとって不本意だった。出会った瞬間からまるでペースを握られている――そういうあせりと不安があった。
「ちょっとあんた――」
「これ!初対面のそれも年上に向かってあんたとはなんじゃい!この小僧が!」
とてもペースを取り戻せるような相手ではない。後藤は抵抗を諦めた。
後藤が突き止めたビルから歩いて5分ほどのところに小さな公園があった。ベンチには時間を潰してスポーツ新聞を読んでいるサラリーマン、砂場には子供たちとその母親らしき4~5人の若い女性が楽しげに旦那の悪口を言い合っていた。
「さて、何から話そうかのぉー、いや、お主、何が聞きたい?」
チョーカーの男は空いているベンチに腰掛け後藤を見上げながら言った。ひょうひょうとにこやかに、まるですべて見透かしたように。
気に入らねーな。やりにくいなぁどーも。
後藤は考えた。多分聞く順番を間違わなければかなり多くの情報を聞けるかもしれない。そして話の結びも想像がついた。
口止めが目的か?しかしそれだけなのか?
後藤は勝負に出た。
「何でも知ってるって口ぶりだなぁ。オレが誰なのか?知っているのか?」
ニヤリとしながらチョーカーの男は応えた。
「何でもは知らないさぁ、知ってることだけじゃよ。後藤刑事」
後藤とチョーカーの男――下駄の男はこうして出会った。