<4-3>ハッキング
「えーと、どれどれ、どんなヤツかのぉ」
その部屋は書斎と言うにはあまりに雑多としたし、仕事場というにはあまりに整理がされていないようだった。壁には本棚がぎっしりと並び、様々な書籍が縦に横に積まれていた。机は大きく両袖に引き出しがついているが、その引き出しは開きっぱなしで、その上にいろんな書類が山積みにされ、とても引き出しを使うことはできそうもない。机の上には数台のPCが置いてあり、液晶のディスプレイが4面すべて違う画像が表示してある。
そのPCに向かって一人の男がブツブツといいながらキーを叩いている。
「うん、これでよし」
男が開いているのは警察のデータベース。男は警察のデータベース侵入している。俗に言うハッキングである。
「どれどれ、ほー、悪じゃのぉー、まぁ、だからといって死ななぁならんことをしたわけでもないかのぉー」
男が見ていたのは加藤三治、三河剛、山本茂という男のデータだった。
「おー、こやつ、ワシの傘を盗んだ……うーん、少しお灸が足りんかったかのぉ」
男は山本茂という若い男の写真を見ながらあの雨の日のこと、山本が男の傘を盗んだ日のことを思い出していた。
「何の因果かのぉ、何の応報かのぉ……」
次に男は警察職員のデータベースを検索し始めた。後藤という名前、江戸川南署で検索条件を絞る。
「ほー、いい面がまえじゃのぉー。後藤忠則巡査部長 うーん、37歳か、わかいのぉー」
しばらく後藤に関するデータを閲覧すると、画面を落とした。「長居は無用じゃ」
「さて、問題はあの男じゃが、さて、およそは見当がつくが、どうしたものかのぉー」
男は――下駄の男は再びPCのキーを叩き始める。画面にはいくつかの項目が打ち込まれては、新しい画面が立ち上がる。どうやら次のハッキングを始めたようだ。それから30分ほどが経過し、一つの画面で下駄の男の手が止まった。
「よし、あとは、パスワードをあてるだけじゃのぉー」
男はパスワードを解析するソフトを立上げ、しばらく画面の動きを待った。
「ふん、まったく、脆いわ」
あっという間にパスワードが解除され、新たなデータベースが画面上に開いた。
「ワシの名前、返却した時間、その後5分以内の返却データ。延滞なし、それから、あとなんかあったかのぉー」
いくつかの条件でデータを絞り込み、下駄の男はついに一人の男にたどりついた。
「真壁直行……なんともまぁ、硬そうな名前じゃわい」
下駄の男は真壁直行に関するデータを閲覧し、住所をメモした。
「最近借りたのは…『シックス・センス』ほぉー、なるほど、なるほど、こいつはまた、少々厄介なことになっておるかも知れんのぉー」
下駄の男は禿げ上がった頭をなぜながら、しばらく考え事をしていた。
「ワシも、見てみるかのぉ」
下駄の男はPCの電源の一部を落とし、部屋を出た。どうやら何台かのPCは常時電源を入れているようだった。
「おー、いかん、ワシとした事が!」
下駄の男はやや歩いてから立ち止まり、歩く方向を変えた。
「あっちの店じゃ、まだ貸し出し中じゃわい」
男はいつもとはちがうレンタルショップで『シックス・センス』を借りた。いつも下駄の男が通っているレンタル店でそのDVDは貸し出し中であった。