<4-2>共同捜査
「あー、岡島さん、ちょっと話があるんですが、時間取れますか?」
後藤が交通課の岡島警部補に電話をかけたのは夜の8時を回っていた。
「どーした、ヘビでも出たか?」
「あー、まー、そんな感じです。今どちらですか?」
「そーだなぁ。9時過ぎには時間が取れる。10時に例の店でいいか」
「すいません。御手間取らせて」
「何、構わんよ。話を聞くだけならなぁ」
「ちぃっ、まったく喰えないオッサンだ。人に振っておいて、話聴くだけかよ」
そうぶつぶつ言いながら、後藤は机に積みあがった書類の山と格闘を始めた。
駅近くの雑居ビル。人気のあまりないバーのカウンターに二人の中年の男が頭を低くしながらぼそぼそと話をしている。
「どーやら上のほうから圧力がかかっているようなんです。いったいなんだと思います?」
二人はバーボングラスの中の氷を回しながら話している。
「うーん、悪い予感ってヤツ?どーもこのヤマは普通じゃねーなぁ」
「普通じゃないって、どういことです」
「なぁ、この三つの事件なぁ、オレの見立てじゃ間違いなく事故だ。お前が調べたっていう傘のことも気にはなるが、じゃぁそいつが後ろから突き飛ばしたとか、そういうことはまずない」
「そうですねー、確かに現場から傘がなくなっているのは気がかりですが、大体、傘に何か仕掛けがあったとしても、ガイシャが傘を盗むなんていうこと予測できませんからね」
「あー、だから普通じゃないって言ってんだ」
「はぁ、まぁ、そりゃぁそうなんですが、今のところ傘の持ち主を探すしか手がかりがないもんで……」
「メンは割れてるのか?」
「いえ、今のところは……まぁただ、事件が同じ管轄内で連続して起きていることを考えれば……」
「まぁ、このあたりに勤めているか、住んでいるかだな」
「えー、こちらとしても次の事件は絶対に防ぎたい。ヤツら悪党で、まぁ、死んだからって、そのほうが世の中のためって声もあるでしょうが、こっちとしては重要参考人ですからね。せっかくマークしてたのに、こんな風に次から次へと……」
「うん、どうした?」
「いやー、確かに最初はいわゆる縄張り争いとか、こっちの管轄のことかと思って事件を見てたんですがね」
「あー、捜査に先入観はいけねーなぁ、まぁ、もっともオレが怪しいなんて、そっちに振っておいて言うのもなんだがな」
そういって岡島は大きな声で笑うと、再び小さな声で話し始めた。
「最近はまじめそうな連中が頭ぶちきれて、悪人を成敗するなんてことも起きるからな。少し対象を広く見たほうがいいかもしれん」
後藤はにやりとしながら、グラスの中の酒を一気に口に流し込んだ。
「まぁ、そうなると、こちらの管轄じゃなくなるんですがね」
「そーだな。気になるのはなんでこんななんでもないヤマに圧力がかかったかってことだが」
「そっちのほう、うまく探り、入れられませんかね」
「オイオイこっから先は別料金だぞ。今日のおごりじゃ足らんからなぁ」
「岡島さんが異動になってから、どうもこういうツテがなくて困ってるんですわ」
「頼りにしてくれるのは構わんが、いつまでもというわけにはいかんからな」
「えー、その辺はわかってますって。しかしどーも、オレは上にウケが悪くて……」
「まったく、悪いところばっかりワシに似てもうれしくないぞ」
そういいながらも岡島の表情は満面の笑顔がこぼれていた。
「いいか後藤。ワシら正義のためでも、世の中のためでも、ましてや警察組織のために動いているんじゃない。この街の安全を守るために、この仕事をやってるんだ。それさえ間違わなけりゃ……」
「それさえ間違わなければ、道を失うことはない」
「そうだ。権力をもった人間が道を失えば、いいことはねー。それはお前が……」
「あー岡島さん、その先はやめましょう。その先は……」
「あー、そうだったな。少し飲みすぎたかもしれん。これで失礼するよ。まだ飲んでいくんだろう」
「はい、オレはもう少し、じゃぁ、例の件、宜しくお願いします。ご迷惑お掛けしますが……」
「何、気にするな。じゃーな」
岡島は席を立つとそのまま店を出た。後藤は岡島の後姿を見送るとマスターに酒を注文した。
「道を見失う……まったく、いやなことを思い出させる」
その夜後藤はあと3杯バーボンを注文した。