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<3-4>その道のルール

「はいるぞい」

「ほう、早かったな」

 下駄の男は、しわがれた声の主の部屋に招きいれられた。


「なんじゃい、ワシは忙しい身でのぉ、ちぃとばかり、厄介ごとがあってのぉ」

「まぁ、そういうな。どうだ一杯やらんか」

「フン!ブランデーなどと、ワシは焼酎しか飲まん」

「そうじゃったな。今用意させよう」

 そういうとしわがれた声の主は内線電話で用事を言いつけた。程なくすると一人の男が焼酎を持って現れた。


「待たせたな。やってくれ」

「しかし、相変わらずじゃな」

「なにが?」

「お前さんの趣味だよ。さっきの男、いつからかこっておる」

 下駄の男はいやしい目つきでしわがれた声の主を睨んだ。


「わかるか。まだ2週間くらいかのぉ」

「まったく、ワシには理解できん。欲を極めるとそういうもんかのぉ」

「欲などというものは、戯れよ。和食を食べた次の日は洋食、その次は中華。それと同じことよ」

「フン。食べ物に例えるなどと! 虫唾が走るわい」

 下駄の男は吐き捨てた。この男は7代目とはちがい、まったくしわがれた声の主を恐れる様子はなかった。


「で、今度はどんな厄介ごとじゃ。前回のはただ働きみたいなもんじゃったからな」

「報酬は十分にしたつもりじゃが、あれでは足りなかったか」

「フン。金額の問題じゃないわ。大体この手の仕事に対価などというものはない。こっちは毎回命懸じゃからのぉー」

「まぁ、そういうな。ワシも毎日命懸よ。今でもヒシヒシ感じるわ。ワシの命を狙う輩のおぞましい呪詛の気配が」

「どうじゃい。安い買い物じゃろう。この結界のおかげで、夜はぐっすり眠れるじゃろー」

「あー、おかげで楽しくやらせてもらっとる」


 下駄の男は先ほど焼酎を持ってきた若い男が、声の主に抱かれている姿を想像して身震いをした。

「気持ちの悪いことを想像させるな」

「かっかっかっかっぁ」

  しわがれた声の主の笑い声は屈託がなかったが、それが帰って下駄の男に不快な思いをさせた。


「用件はな。最近わしが面倒を見ている組の若いモンが立て続けに交通事故で死んでのう……」

 不意にしわがれた声の主が本題を話し始めた。

「ワシが思うに、どこぞから抗争を仕掛けられたというよりは、お主の領分じゃないかと思っての」

 下駄の男は始めて顔色を変えた。

「うん、どうした、何か心当たりでもあのか?」

 下駄の男は一転、申し訳なさげな顔をしてつるつるの頭を撫ぜた。

「いやー、面目ない。そういうことなら、今回は報酬はもらえんな」

「ほー、どうやら訳がありそうじゃなぁ」

「あー、まー、いろいろと……この件、ワシに任せてくれれば、そう、3日もかからずに解決しよう。ただし――」

 下駄の男は焼酎をグラスに注ぎ、一揆に煽った。

「手出し無用じゃ。一人の男を探し出し、ワシが止める。これはワシの抱えていた厄介ごと。ワシがまいた種じゃ」


 しわがれた声の主はじっと下駄の男を見つめている。まるで死者が暗闇からこちらの世界を伺うような冷たい視線。普通の人間ならその無機質な迫力に言葉を失うであろう。だが下駄の男はまるで話をやめない。

「ちと、その男には借りがあってのぉ。礼にちょっとした施しをしてやったんじゃが、どうやらそれが効きすぎたらしい」

 下駄の男は再び焼酎を煽る。そして声の主をじっと見つめた。


「お主でも、ぬかる事があるんじゃな」

 声の主の表情がようやく動いた。

「まったく面目ない。じゃがな。これだけは言わせてもらうぞ」

 下駄の男は、しわがれた声の主をものすごい気合を込めてにらみつけた。

「ワシはのぉ、まだ、もうろくはしとらんぞ!」


「かっかっかっかっぁ」

 しわがれた声の主は先ほどの声よりも大きな声で笑った。

「いやいや、愉快愉快。一晩でにこんなに笑えるとはなぁ……わかった。好きなようにしろただし」

 しわがれた声の主は再び無表情になった。


「後藤という刑事が動いておる。なかななに抜け目のない男じゃ。岡島の部下だった男といえば覚えがあるか?」

 下駄の男は焼酎を飲む手を止めて天井を見つめた。

「後藤、後藤、さて……おー、あの青二才か」

「青二才、そう確かにあの頃は青二才だったがな、流石に岡島の下で鍛えられた事はある。やつがなにやら嗅ぎつけたようじゃ」

「フン。警察などと言っても所詮は地方公務員。お主が動けばどうということもないじゃろう」

「後藤という男は組織の人間ではない。組織を動かすのは簡単だが、一人の男を動かすのは――」

「骨が折れる――かぁ?」

「そうじゃ。その後藤の動きも止めること。これが条件じゃ」


「むむぅ」

 下駄の男はしばらく声の主を見つめた。声の主はまるで絵画のように動かない。

「まぁいい。その後藤という男、面白そうじゃな」

「今回の件、できるだけ物騒なことはしたくない。血を流すのは簡単じゃが――」

「拭き取るのは面倒というわけじゃな」

「まぁそういうことだ。最近の若いモンはすぐ血を流そうとする。まったく、あさましいことじゃ」


「フン。お主が言うか……まぁ、お主だからいえるのか」

 二人の会話はぱったりと途絶えた。それから5分もしないうちに下駄の男は建物の外に居た。静まりかえった闇の中、下駄の男はつぶやいた。

「まったく、何の因果か、何の応報かのぉ」


 カラン、コロン、カラン、コロン

 下駄の男は、どうにも不愉快でならなかった。しわがれた声の主とは、ただならぬ縁がある。ふと見上げると暗闇の空に、ひときわ目立つ大きな塔が見える。

「さて、団十郎にでも会いに行くかのぉ。そうじゃ、今日は団十郎とあの忌々しい闇の塔を眺めながら一杯やるか」

 下駄の男の右手には、しわがれた声の主が土産にと渡した高価な焼酎が握られていた。

「どこかで、酒の肴でも買っていくかのぉ。団十郎の好物は、さて、なんじゃったかのぉ」

 下駄の男は、再び闇の中へ消え行った。


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