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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
8.西と東
98/135

8-01



 魔術研究が盛んな中立の港湾都市は、帝国やら北海国やらの喧騒とは一筋の関わりも無いかのように、以前と変わらない美しい街であった。


 青い空に映える白っぽいレンガで装飾されたこじんまりした瀟洒な家は、通りに面した重厚な扉の奥に、こじんまりした庭を抱え、箱庭のように周囲が部屋で囲われている。


「いってきまーす」

「行ってきます」


 双子の高い声が庭に響き、軽い足取りで出て行く。

 その後には護衛が少し慌てて追いかける様子があった。


 玄関ではナザールがその後ろ姿を見届けている。


「おーう、きぃつけてなー」


 家庭教師とは、そういう物言いをする者だったかどうかはさておいて。

 彼の生活もそれなりに落ち着いてきたところである。


 双子達は魔法教育に特化した学校へと通い、毎日充実した内容を過ごしている。

 課題などもそれなりに持ち帰ってくるので、チェックをするのはナザールの仕事だ。


 正直、通用するのかと不安だったのはナザールである。


 フィルバートの話から、元々家庭においてそれなりに高度な魔術の教育を受けていることが予想できていた。以前この都市で子供向けの魔法書を購入したが、子供向けと行っても彼らの年齢よりは少し上の年頃の子供向けであったことを思い出し、家庭教師を引き受けたものの急に自信が無くなったナザールは師匠であるシヴァに相談したり、養父のロズベルグに手紙で不安を述べるなどした結果「私の(儂の)目が節穴とでも言うのか」という同じ台詞の、叱責なのか激励なのかよくわからない言葉で背中を押された。

 その他、多少武器の扱い方も学んだ方が良いだろうと、この都市にいる間は、少し剣術らしいことも練習することにした。双子にも護身術は必要なので、そちらの指導はダヴィドが担当することになる。


 双子は兄と比べて、実に貴族の子弟らしい成長過程を踏んでいる様にみえた。


「ナージャ先生、今日から研究所でしょう? ぼーっとしてて大丈夫?」

「あ、いっけね。俺も支度しないと」


 双子の姿が消えた跡を追うように少しの間庭をぼんやりと眺めていると、彼らの生活の細々したことを請け負ってくれる使用人の女性の声で覚醒する。


 今日から、養父の旧知である魔術師の研究所に行く事になっている。

 養父は、行って所長に聞けば良いとしか言わなかったので何か仕事の手伝いでもしながら修行をするのだろう。


 私室で手回り品をまとめながら、ふと双子の兄から預かっている短刀に目を向けた。

 あまり、この街では似つかわしくない物に見えた。

 いきなり武器装備で行くのも良くない気がするので、今日は置いていくことにする。


 玄関でこの家に数人居る護衛のとりまとめ役に出くわした。


「あ、今日から研究所か」

「ああ」

「護衛は良いの?」

「要らないよ、今の俺はこの家の使用人の一人だからさ」


 軽く片手をあげて、明るく通りのいい声を響かせる。


「じゃぁ、行ってきます」



---------------------------------------------


 養父からのメモを見ながら、街の喧騒から少し外れた位置にある屋敷にたどり着くまでにはそれほど時間は要しなかった。


 外観は殺風景、の一言に尽きる。

 無骨な石造りの建物に見えた。


 大きな扉を前にして、何度か深呼吸をして、ノッカーに手をかける。


 ゴンゴン


 思った以上の大きな響きに、驚いてノックの手を一度止めた。

 しばらくの間の沈黙が、少しづつナザールの内側をざわつかせる。


 あれ・・?

 お休み・・、じゃぁないよな?


 もう一回、ノッカーに手をかけようとして、扉の向こう側から人の気配がするのを感じた。

 重い扉が細く開いて、中から青白い顔が見える。

 相手は、ボソボソとした声で訪問者を誰何した。 


「・・・・誰?」

「今日からお世話になるロズベルグです」

「あぁ・・・・そうだっけ」


 入って、と扉が人一人分開けられたので急いで中に滑り込む。

 中は、雑然としており、本来は中庭であろう広場にも魔術道具のような物がゴロゴロと転がっていた。

 屋敷の内部にも、あちこちで本が積み上がっていたり、何かの材料なのかちょっと怪しそうな乾物がむき出しで置いてあったりする。

 本のカビなのか埃か、よくわからない匂いも充満していて、ナザールは思わず顔をしかめた。

 案内されながらあちこち見まわしていると、階段の踊り場で寝ぼけた人間が転がっていたり、いろんな物が積まれて扉が閉められない部屋の奥でゴソゴソと人らしい塊が動いていたり、遠くの部屋で何やら叫び声が聞こえたりと、ナザールの内部で「じっ様が言ってた研究所ってホントにここだよな?」と疑心暗鬼が沸き起こる程度には妖しさに満ちあふれていた。


「しょちょー、ロズベルグさんが来ましたよ」


 屋敷の最上階、廊下の両脇にうずたかく本が積み上がっている最も奥の扉を青白い顔の案内役がゴンゴンと叩くと、これまた細く扉が開いて中から蒼く長い髭を蓄えた老人がのそっと顔を出した。


「あぁ・・、君がロズベルグ君ね。あいつに全然似てないね」

「養子なもので・・・」


 どう答えたら良いのかわからず、それだけ返すと、所長は案内役に顎をしゃくった。


「ほら、2階の角部屋空いてるよね、そこ使わせてあげて」

「空いてるって言うか・・・3年前に突然来なくなっただけですけど」

「もういいんじゃない? もう来ないよ」

「はあ・・、わかりました」


 なんだか不穏な会話がなされているような気がする。

 思い切って声をかけてみる。


「あの・・・。俺は何をしたら?」

「え?好きにしていいよ?」

「は?」


 好きにして良いとは。

 これ如何に。


 呆然とするナザールに面倒くさそうな顔で所長が一応説明してくれた。


「ここは、自分のやりたい魔術研究をやりたいように勉強するところ。個別の部屋と、実験室とか図書室とかの共用物は貸してあげるけど、それ以外は何も用意していない。研究費も無いよ?自分で稼ぐとか、自分で出資者を見つけるとかしてね。僕に質問があるなら、扉にメモを挟んでおいて。気が向いたら回答するし、暇だったら助言位するかも知れないけど、あんまり期待しないでね。・・・・あいつから聞いてない?」


 聞いていない。

 聞いていない。

 そんなことは、聞いていない。


 ぶんぶんと首を振ると、所長は、そうご愁傷様、とだけ返した。


「ま、ロズベルグのやりそうなことだね。自分で考えろって事でしょ?」


 じゃぁ、僕忙しいからね。


 その言葉を最後にバタンと目の前で扉が閉められる。

 冷や汗も出ないほどの衝撃で固まっていると、案内役が面倒くさそうな声で促した。


「僕も忙しいんで、急いでくれる?・・部屋を案内するよ」


 かろうじて最低限の面倒は見るつもりらしい案内役の青年は、例の2階の角部屋と言うところまでは連れて行ってくれた。


「はい、ここが君専用の部屋。中の物は、もう要らないから棄てて良いよ」

「3年前から来ていない・・・って人の私物とか無いんですか?」

「あるかも知れないけど、棄てちゃって良いよ。ココ、去る者おわず、だからね」

「はぁ・・」

「湯殿とか、図書室とかはあっち。もし大がかりな魔方陣とか書いて実験するなら、実験室はこっちの階段。まぁ、その都度近くの誰かに聞いたら、暇と余裕と親切心がある奴なら答えてくれるかもね」


 不安しか残らない助言を貰い、ナザールはとりあえずの礼を述べる。

 案内役は、あぁそうだ、とずいっと彼の顔に近づいてきた。

 思わず一歩下がる。


「君ってどこの出身?」

「えっと・・・」

「ひょっとして、ラウストリーチ? ラウストリーチだよね?」

「え、ええ。そうです・・・」

「基礎魔術もラウストリーチ国で学んでいる?」」


 近い。

 なんか近い。

 そして何か押しが強い。


 先ほどまでの面倒くさそうな様子とは一変した勢いに飲まれて、ナザールはしどろもどろしながら首肯する。


「は、はい・・」

「道理で。さっきから、いい声だなぁと思ってたんだ。あっちの魔術師は皆声が良いからな。基礎訓練が違うのかなぁ。そのうち、僕の実験手伝ってくれない? 僕、精霊召喚の研究をしているんだ、君の声は精霊が好きそうだ」

「召喚する精霊にもよるけど・・」

「じゃあ、その時は声かけるよ。代わりにここの研究所で困ったことがあれば僕に聞いて良いよ。僕の名前はエドモンド、エドで良いよ。なんて呼んだら良い?」

「ナザールです。ナージャでお願いします」

「そう、よろしく。僕も忙しいんで、後は好きにしてね」


 あとは本当に放っておかれた。


 目の前の部屋の扉を見上げる。

 3年間ほったらかしの部屋だということに考えが及ぶと、あまり中を見たくない気がするが、ここを使えと言われている以上、自分でどうにかするしかない。


 恐る恐る、扉を開く。


 真っ暗な部屋の奥に破れたカーテンの隙間から光が差し込んで埃を照らしていた。

 何の研究をしていたのか、もうもうと埃が立ち、カビっぽい匂いが鼻をつく。

 一歩踏み入れた瞬間、何か小さな物の影が一斉に部屋の中を騒がしく移動したように思えた。


「わぁっ」


 思わず、飛び退く。


 ナザール・ロズベルグは自称18歳である。

 実はもう少し若いかも知れない。

 自分の誕生日も正確な年齢もわからない元孤児である。


 然し、十歳前後から過ごしたのは病院や孤児院として日々手入れされた空間で。

 彼は子供達を指導しながら清潔な環境を維持する役割を担っていた。

 端的に言えば、きれい好きと言って良い方である。


 と、言うことで

 此の部屋の状況については、彼の想像を絶していた事になる。


 ぞわぞわと鳥肌が立つ腕を押さえ、ナザールはみるみる怒りで顔を赤くした。


「あの・・・クソジジイ!」


 全部わかってて、黙ってやがったな!


 したり顔の養父の顔を思い出し、彼は悪態をつきながら腕を捲った。


「ムカつく!・・・もう、まずは掃除だ掃除!!」



















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