7-12
「リオンが、ジ=ヴァルの兄だというのか!?」
祖父の声が初めて震えた。
父が、叔父の兄であることにどういう意味があるのか。
クラウスを護るためとはどういうことか。
フィルバートには全く話が見えてこない。
しかし、祖父と叔父の間では何かの共通言語でもあるかのようにお互いの意味するところが通じているようだった。
祖父は、叔父にもっと近づくように指示をする。
「バトゥの隣に。もっと近う」
その声に、のろのろとした動きで立ち上がると、叔父はフィルバートの隣に座り頭を垂れた。
「十年にはならんが、大分前に其方の行方を尋ねる使者が来たぞ。・・・フェルヴァンスから」
「・・・・兄の許を訪ねて、それから事故に遭い、記憶を失っておりました」
「あの国の連中にしては珍しい事だと思っていたから覚えていた。・・・そうかリオンはジ=ヴァルの兄か・・・・確かに、バトゥはともかく、クラウスにとって注意を要する話だな」
「・・・その件で決着を付けようと、近々帰国を考えておりました」
叔父の帰国には、クラウスが関係している。
隣でなんとか自分の拳で体を支えている叔父の青い顔を一瞥してフィルバートはそのまま床を見つめているしかない。
ふと、祖父が自分を呼ぶ声を認めた。
「バトゥ」
「はい」
「其方の叔父は、これからも其方にとって必要な者か?」
その言葉に、勿論ですと答える。
「叔父上であるということ以上に、これからもラウストリーチ国に必要なシヴァ・リヒテルヴァルト卿です」
「バトゥ、其方はこれからどうするつもりだったんだ?」
「スフィルカール殿下を捜索するつもりでいます。いざというときにはハルフェンバック領内に向かうよう、ライルドハイトの先代当主が伝えているはずですので、御爺様のお許しがあれば領内の知己に協力を頂きたいと思っております」
「ふん、随分と図々しい頼み事を」
にこりとフィルバートはここぞとばかりの笑みを見せた。
「御爺様なら、私の頼みをお聞き届けくださるだろうと、信じております故」
「都合の良いときに孫面しおって」
苦々しい顔を見せつつ、可汗は仕方ないのう、と息をついた。
「スフィルカール殿下の捜索と身柄の保護は、この北方部族で請け負う。其方がうろついても効率が悪かろう。儂に任せておけ」
その代わり、と可汗はジヴァルを顎で示す。
「其方は、ジ=ヴァル殿を護衛し、フェルヴァンスに向かうがよい。・・・テムルとその部下を付けてやろう」
「お待ちください、フィルバートを巻き込むわけにはいきません」
「儂の孫だ。役に立つ。・・・それに、クラウスを護るためだ。それには、バトゥを上手く使えば切り抜けられよう。・・・・意味がわかるだろう?」
ジヴァルはかたくなに、固辞しようとする。
フィルバートは隣の叔父を見遣り、行きますよ、と告げる。
「ウルカからも頼まれています。一人で行かせたくないのは私も同じです」
「しかし・・・」
「・・・・クラウスが関係していると聞いて、放っておけません」
そこでジヴァルは観念した。
「御厚情・・・・痛み入ります」
「さっさと決着を付けて戻ってくるがいい。言うて置くが、其方の為では無い。クラウスのためだ。バトゥに次いでクラウスまで他所に連れて行かれてはたまらんからな」
ジヴァルは、深々と頭を垂れた。
「フィルバートとクラウスは、私が必ず護ります」
「うむ。その言に嘘偽りは無いと認めよう。・・・バトゥ、それでよいな?」
はい、承知しました。
フィルバートも頭を垂れ、再び体を起こしたところで、祖父に一つ注文を付けた。
「わたしは、ここの皆の事をある程度わかっているつもりです」
「うむ、で?」
「おそらく、部族の長の中にはスフィルカール殿下にご関心を持つ方も出るのではと思っています」
ほう、と可汗は多少興味を覚えた様だった。
「ご本人の同意があれば、わたしもとやかくは申しませんが」
「ふむ、では、各部族長にはなんと通達すれば良い?」
その言葉に、フィルバートは極上の笑みを以て答える。
「殿下の意に染まぬ無体を働く者が出た場合は"西域のバトゥ"がそれ相応に報復するので覚悟されたし、とお伝えください」
「・・・うむ、相わかった」
そういえば。
と、ジヴァルは思い出した。
草原の民は、恋愛事に男女の垣根を持たないのが普通であった、と。
段々、心配の仕方がリュスラーンに似てきたなぁ、と明後日の方向を見ながらそんなことを考えた。