7-06
あとで、少々恨み言を述べられた。
「うん、君まで部屋から居なくなるとは思わなかったよ」
「すみません、母が激怒した場合、当事者以外は席を外すのに限りますので」
「うん、君も当事者じゃ無かったかな?」
「わたしは父の振りをしていたんですか?としかお伺いしていません。髪の色をお変えになったのはシヴァ様です」
ある程度時間が過ぎて、居間に再び顔を出すと、尋問の後のぐったりしたシヴァがソファに倒れていた。
大分絞られたらしい。
ナザールやウルカはクラウス達の相手をするといって子供部屋に行っている。
双子は、ウルカについてもすぐに懐いた。
後で聞いたら、スフィルカールが傷つくだろうなと思うが、こればかりは仕方が無い。
ソファに倒れ込んでクッションを抱え込んだ様子に、今までの"シヴァ"が本来の性質を抑えたおとなしい姿だったのだとフィルバートは気がつく。
シヴァはグチグチと兄に対する恨み言を述べている。
「兄上が義姉上に"何も"話していない責任は私にはないと思うのだがなぁ」
「何をお話になったのか、聞いても宜しいでしょうか?」
その質問に、クッションに埋めた顔が少しだけこちらを覗いていた。
緑がかった瞳が少し真剣味を帯びている。
「もうすこし、待ってくれるかな。義姉上も他言しないと約束してくれた。君には、必要な時が来たら話す。双子は勿論、ナージャやウルカにも言わないで欲しい」
「はい、承知しました」
その様子に、フィルバートは素直に頷いた。
それから、と困ったように眉を寄せる。
「ナージャはあの通り、"師匠"で済ませるようですが、シヴァ様なのか、ジヴァル様なのか、どのようにお呼びすれば良いのでしょうか?」
「対外的にはこれまで通り"シヴァ"の方が良いだろう」
そこでようやく体を起こし、シヴァはうなじを軽くかいて好きにしたら良いと言う。
「それ以外はジヴァルでもシヴァでも好きに呼んで良いよ。まぁ、"叔父上"と呼ばれたらそれは嬉しいかもな。なにせ、君がこーんな小さな時には遠目でしか見せてもらえなくて。君が大きくなっても、その頃には私はもう国に帰って二度とここにはこれないだろうから、きっと一生叔父とは呼んでもらえないだろうと思っていたし」
ソファの袖に体を預けて、小さな子供の頭とおぼしき位置に手をかざす。
「兄と私とルドルフ王は子供の頃に同じ修道院で育っているけど、リオンと私が兄弟だとは知らされていなかったし、家に戻された後も私に家族は居なかった。・・・・だから、この国で妻がいて、子がいて、・・家族が居て兄上は良いなぁと正直羨ましくてね。君たちに叔父扱いしてもらえたら、少しだけその端っこにいる気になれるだろうかと、そんな気がしたんだ」
視線をあらぬ方に向けて、ひとり言のように続ける。
「無意識だったのかな。・・ナージャやあの子供達と一緒に暮らすのがとても楽しかったのは。子供の頃に、兄と無邪気に過ごした事や、この屋敷で、遠目に君が兄に叱られているのを見て、そういう空間が欲しかったのだろうか。・・・カールを初めて見たときに、あまり他人事に思えなかったのもそのせいかもな」
尊大で不遜な少年。
周囲を大人に囲まれて、だが、誰一人家族では無かった。
それが、シヴァと出会い、ナザールと出会い、フィルバートと出会った。
家族ではないが、時々家族に近かった、とフィルバートは思う。
そして、シヴァに知らず影響されて、リュスラーンも変わった。
フィルバートのことは、おそらくもっと都合良く使うつもりだったに違いないのだ。
相当非道な手を使っていても、その分フィルバートへの責任を至極感じているような扱いだったのが、腹立たしくも憎めない原因だと思う。
「カールとリュス様・・・一体どうしているんだろう」
思わず、そんなつぶやきが口から漏れた。
リュスラーンが共にいるなら、とっくになんとか連絡が付いているはずだ。
何らかの理由で行き別れて、一人で、戦禍をかいくぐっているのだろうか。
「早く見つけてあげないと、カールは拗ねますよ。普段俺様なのに内面打たれ弱くてすぐ凹むから」
「そうだね」
やはり、気に入ったからこの髪型が良い。
革紐を口で挟んで髪をまとめながらシヴァが笑う。
「さてさて、筆頭侯爵は仕事をしますか。まずは外務卿に時間を作ってもらおうかな」
「宜しくお願いします」
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私室に戻ったフィルバートは、窓のカーテンがゆらゆらと動いているのに気がつく。
開けて出たっけ?
ふと、机に目をやると、小石を重石にした紙切れの端が風でたなびいていた。
メモを開いて目を通す。
待ち人来た。
急いでメモを懐に入れると、上着を片手に部屋の外へ足早に出て行く。
・・・・・後で、護衛増やして貰おうかな
屋敷の警備体制を少し見直さねばとも考えながら。