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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
1.呪われし王子と闇の魔術師
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1-9


 部屋は見違えるほどに綺麗に整備されていた。

 その一室の扉をコンコンと叩き、シヴァはその部屋に入る。


『ナージャ、入るぞ?』

「なんだよ! 今更、戻ってきたってしらねぇよっ!」

 入った瞬間のどなり声と、魔力で吹っ飛んできた本を片手でつかみ、ウルカがため息をつく。

「こんな調子だ」

「なかなか・・・大変だな」

"ナージャ、突然任せきりにしたのは悪かったよ。少し、落ち着いて話を聞いてくれないか?"


 同じく飛んできた、木製のカップをよけ、スフィルカールは一番最後に部屋に入る。

 その顔を確認したナザールはさらに激高した。

「なんだよ! そいつなんか連れてくんなよ! こーしゃくだか講釈だかしらねぇけど、もう二度と来んなよ! もう師匠なんて金輪際よばねぇからな!」

「ナージャ、話を聞け。お前の事を考えての事でもあるんだから」

「ウルカの馬鹿! なんで素直に言うこと聞いてるんだよ!」

「・・・皆のことを思っての事だから、反対する理由もない」


 ウルカに続き、シヴァの話をよく聞けと、スフィルカールも説得する積もりで口を開いた。 

「そうだ、シヴァはここのみんなのために、わたしのところで働くと言ったんだ。お前の事だって、ちゃんと勉強させてやりたいって言ってるんだぞ?」


 しかし、それは火に油の発言だった。


 見る見るうちに、ナザールの顔が赤くなる。

 ぐぐっと拳が握り締められ、それと同時に手ぬぐいの一つがスフィルカールの首めがけて飛びかかり、首根を閉めようとする。

『ナージャ!! やめなさい!』

 布を取り払い、スフィルカールを自分の後ろに隠した、シヴァの声がウルカの口から飛び出す。


 その様は、さらにナザールを興奮させた。

「なんだよ、なんでそいつ庇うんだよ!! シヴァって、なんだよ! 誰だよ!! 師匠そんな名前じゃねぇぞ! 勝手に呼び名なんて付けんな!! 魔術師なんてなりたくねぇよ! 勉強なんて俺にはいらねぇ! 俺は、ここで、ウルカと、皆と、師匠と、一緒にいられたらそれでよかったのに。なんだよ!! こんな立派な建物なんていらないよ!!! 城に自分の部屋あんだろ!! 帰れよ! もうここはお前の戻るとこじゃねぇよ!!」


 ウルカは、これ以上は無理だと判断し、二人を連れて部屋から退散した。

「・・・・落ち着かせるならともかく。火に油を注いでどうする・・・」

「すまない・・・わたしがうかつだった」

 素直に謝り、スフィルカールは頭を垂れる。

"しばらく、様子を見るか・・・。"

 こめかみを押さえ、ため息をついたシヴァの顔色が本当に悪い気がして、スフィルカールはすまなそうに頭を垂れる。

「・・・わたしが性急だったろうか」

"気にするな。・・・そのうち、わかってくれるだろう"

 シヴァの腕をそっとつかむと、力の無い言葉の響きが響いてきた。

 無理に口元に笑みを浮かべ、シヴァは軽く指を動かした。

"ウルカも今日くらいから城に移るか?"

 その言葉に、ウルカは首を縦に振る

「どうも、吾の顔を見れば汝の顔を思い出すらしくてな。オズワルドに注意させておくことにしよう」


 その帰り道で、スフィルカールはナザールという少年の事について幾つか知ることになる。

「名づけをされないまま捨てられる子供がいると言う話は聞いたが・・・ナザールもそうだったのか?」

"そうだ、わたしが初めて見たときは、真名もない状態で路上でぼんやりしていた。時折誰かがくれるパンを本能的に奪いとり、かじって、それで命をつないでいた。物乞いのような状態だったな。魔法使いにとって名前がないということは、何を呼ばれても自らの事としてとらえられないということだ。だから、何に付けても反応が鈍く、何と言っても返事もしない。・・働くことどころか、人との会話もろくになりたたない状態だった。・・それが、5年前。最初にこの街にわたしが来た頃だ。"

「そこから、吾とシヴァが街で治療師・・汝を前にして言うのも何だが無資格の闇治療師だな、それで稼ぎ、ナージャがこの場所で帰りを待っていた。誰もいないひっそりとしたこの場所で、わずかな明かりの下で読み書きと基礎魔術を教えてやったんだ。・・そのうち、孤児が増え、重篤な病人の面倒を見るようになり、オズワルドが関わるようになって病院らしくなってくると、ナージャが子供達に教えて、徐々に今の形になって行ったのだよ」

"わたしが名を付けても、彼には闇の力は備わらなかった。それだけ聖なる力に恵まれていたのだ。・・・此処にいる魔法使いの孤児達は、彼がすべて名付け親だ。宮廷魔術師の見習いになれば、わたしでは教えることのできない属性の魔術もきっと物にしてくれると思っているのだが"



 何時にないシヴァの落ち込みようが、ナザールの拒絶がどれほどのショックをもたらしていたのかをスフィルカールに教えていた。

 ウルカは、スルフィカールの顔を見つめ、ふうと息を突く。

「・・・・きっと、自分が作ってきたものを、カールに取られたような気がしたのだろう。自道にこつこつと積み上げたものをあっさり壊して、もっと質の良い物を金にあかせてつくらせた。ナージャにはカールがそのように見えるのだろうよ」

"一番付き合いが長いから、きっとわかってくれると思ったのだが・・"


 シヴァの肩が、いかにも落ち込んでいるような様子である。

 スルフィカールにはそれが不思議に思えるのと同時に。




 なぜか、シヴァとナザールがうらやましいような気も少し、したのだった。




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 親の心、子知らず。


 と、いうのだとリュスラーンは言った。

「親が子供のためと思ってやったことが必ずしも子供に届かないって話」

「・・・・多分、微妙に違うと思う。親が一生懸命に子供のためを思っても、子供が勝手なことをするってことじゃないのか? 第一、彼らは親子じゃないぞ」

「最近ちゃんと勉強してるな・・」

「シヴァがぎっちり課題入れてくるからな」

「まぁ、どっちにしろ。シヴァがナザール君を連れてこないことには俺は見習い云々は知らないってことで」

 政治学についての本を開いたまま、スフィルカールは頬杖をついた。

「・・・どっちにしろ、わたしにはわからぬ。なぜシヴァがあそこまで落ち込んでいるのか。なぜ、あそこまでナザールが怒ったのか。やりたくないと言うなら、やらせなければいい。わたしと違って、彼らには選択肢はいくらでもあるじゃないか。なぜシヴァがナザールを魔術師見習いにすることにこだわるのかわからぬし。ナザールがどうして皆のために施設を綺麗にしたのを怒ったのか、それもわからぬ。彼以外は、結構喜んでくれていたように思えたのだが・・」


 その言葉に、リュスラーンは向かい側の席でことりと本をおいた。

「それは、俺にも教えられない。なんとなく、ナザール君が怒った理由もわかるし、拒絶されたシヴァが凹む理由もわかるけど。多分、言ってもカールにはわからないよ。・・そうだな」


 俺は、お前の親でも兄弟でも、保護者でもなんでもないから、やらないけど、と言い置いた。

「シヴァは、君の頭を良くなでるよな?」

「他の子供にするのと同じようにするようだ、癖になっていると言っていたが」

「・・カールは嫌そうな顔をするけど。シヴァが嫌いかい?」

「そうではない。ただ、居心地が悪い。孤児院の子供はやけに嬉しそうなのがよくわからん」

 はっきり言いきると、そうだろうなとリュスラーンは笑みを見せた。


「どうして彼らが嬉しそうな顔をするのかわかったら、ナザール君の気持ちもちょっとはわかると思うよ?」







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