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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
7.シヴァとジヴァルとその兄
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7-05



 すぐに、軽食が運ばれて。

 シヴァことジヴァルは寝台の上で食事を取ることにした。

 暖かいお茶と簡単なサンドイッチ程度だが、久々に自分の目でみる飲食物は色鮮やかで、急に彼の胃袋を刺激する。

 ゆっくりと食事をしながら少年達の様子を見ていると、ウルカやナザール、フィルバートは近くのソファに座り、今後をあれこれと相談し始めていた。


「まずは、公都と連絡が取れるようにするのが先決じゃね?」

「ランド伯通じてでも良いから、ロズベルグ様とミラー卿に連絡が取りたいですね」

「それが良いだろうな」


 ナザールの言葉を皮切りに、残る二人も一様に喫緊の目標を定めたようだった。


「当面の間は、ラウストリーチに帰るというのはよした方が良いですね」

「やっぱ、帰っちゃダメか? 俺達が戻ったって、帝国はぐちゃぐちゃなんだから危険はないだろ?」

「帝国と言うより、今は東方王国内部の動きを気にした方が良いんでしょうね。あそこも一枚岩じゃないんですから、保護国っぽく暫くは我々が人質然としていた方が、外務卿やランド伯も動きやすいって事だと思うんですよ。イライーダ様が折角いの一番でラウストリーチを押さえたんですから。東方王国内部の強硬派が完全に領地化にむけた動きをする前に、カールを見つけ出さないと。それまで我々は、外務卿の目の届く範囲でおとなしくしていた方が良いかもしれません」


 流石に、東方王国内部の勢力図がある程度頭に入っているフィルバートには、警戒すべきが最早帝国ではない事には気がついているようだった。

 しかし、このまま彼らだけで話を進められて行動されてもかなわない。


「現在の筆頭侯爵は、私じゃ無いのかい?・・子供だけで話をしないでくれるかな?」


 その声に、少年達が振り向く。

 ナザールは食事が終わった様子を見て取ると、さらりと食器の載ったトレイをとりあげた。


「では、シヴァ・リヒテルヴァルト侯爵。ちゃんとご飯食べたなら、お仕事お仕事」

「着替えをなさいますよね。荷物から適当に出しておきましょう」

「吾が手水の用意を頼んでくる」


 何やら手際が良すぎる三人組(内一人は龍だが)は、テキパキと屋敷の者に手水の用意やら何やらで動き出す。

 手水等をすませ、着替えをしている間に、三人は隣の部屋でなにやらごそごそやっている様である。

 身支度が済んで、居間に顔をだすと、その部屋の様子を見まわし、シヴァは首をかしげた。


「・・・うん?」

「はい、急ごしらえですけど。ラウストリーチ公国の臨時在外公館?あ、在外公室、ということで」

「書類とか大して無いから、椅子と机とソファの位置を動かしたくらいで、ご大層な事は無いけどさ」

「とりあえず、外務卿が来たらここで話をするくらいはできるだろう」

「ついでに、師匠の荷物もさくっと整理しようぜ。これじゃ片付かねぇ」


 なんとなく、言われてみればそれらしい雰囲気に調度品の位置が整えられていた。

 おそらく、大分家具の位置を変更したのだろうが、家人に断らずにそんなことをしていいのだろうかとシヴァはすこし肝を冷やす。


「許可を取ったのかい?」

「わたしがちょっと叱られる位ですから、いいんですよ、あ、一緒に母上に叱られてくれます? ついでに十年間の行方不明の件も併せて」

「ついで・・・」

 

 そんなもの?と言いたげなシヴァの鼻先に、ナザールはびしっと人差し指を立てる。


「俺達、忙しいの。師匠が昔のことで悩む暇はあげらんないの。ということで、ウルカ、ちゃちゃっと師匠に説明してくれよ?」

「・・・だ、そうだ。吾が言うことではないが」


 すこしだけ臆した様なウルカは、フィルバートやナザールが部屋を出入りしながらあれこれと持ってきた荷物の整理を始めたのを横目に、自分がジヴァルを助けた経緯について落ち着いて説明する。


「・・・そう、兄上が・・」

「汝には、帰らなければならない場所があるから、と」


 そう、とシヴァはうつむく。

 少しだけ、部屋に沈黙が流れたあと、それを容赦なくたたっ切るのはフィルバートである。


「シヴァ様、ご理解されたなら、いろいろ仕事ありますから凹む時間ないですよ? 筆頭侯爵でしょ?」

「う・・・・」

「そうそう、兄貴の代わりに生きながらえさせられたーとか、フィルの母ちゃんに顔向け出来ねーとか、くっだんねぇ事でグチグチ悩んでる暇ぁあったら、生きてる俺達と一緒に仕事してくれよ。もう、こちとら、カールやリュス様は行方不明だわ、国には帰れねぇだわ、留学は伸びちまうしで、散々なんだからよ」

「はい・・・」


 あまり優しくない言葉に、シヴァは苦笑いを見せた。


「もう少し、優しくはしてくれないのかい?」

「駄目です」

「さっさと仕事して」

「汝には悪いが、そういう事だそうだ」


 何故、兄上ではなくて私が生きているのだ?

 

 という自責すら、彼らには許してもらえなかった。

 彼らがわざと、そんな暇を潰して回っているのだと言うことにも気がついた。



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「当面はここでおとなしくして、フェルナンド達に連絡を取る努力をした方が良いな」

「それと、カールやリュス様に関する情報収集を東方王国に依頼するのはちょっと筋が違うので、何か聞いたら教えて欲しい、という程度に留めた方が良さそうですね」


 地図を広げ、ここまでの状況を整理すると共に、当面の彼らの行動の道筋を立てる。

 そこで、シヴァは隣に座るフィルバートの身分を確認することにした。


「君は、一応"ライルドハイト侯爵"で良いの?」

「リュスラーン様が帝都を出る前に、ご自身が公都に戻るまでの間はわたしが"ライルドハイト家当主"として行動して構わないと言われています。家令にも伝えてありますし、公文として城に残っているので、リュス様の行方がわからない今は、暫定的ですが"侯爵"を名乗っても対外的には問題無いかと思います」

「そうか、ラウストリーチ家の侯爵が二人揃っているなら、外交上は一定の効力があると見て良いかな」


 そこで、シヴァはふう、と息をはきながら、まとめた自分の髪をなでる。


「外交は全部リュスに丸投げしていたから、困るなぁ。早く帰ってきてくれないと」


 門外漢だと顔をしかめたところで、ナザールの面倒くさそうな視線にぶつかる。


「あのさ、師匠・・。その髪型どうにかなんない?」


 少しうっとうしいと、フィルバートがいつも使う革紐を一本もらいまとめた髪型があまり好評では無いようだ。

 そうはいっても、十年ぶりの視界に慣れていないシヴァは不満そうである。


「顔に髪がかかるのが嫌なんだが。視界に髪がチラチラ入ってくるのにまだ慣れないのだよ」

「・・・・すごく紛らわしい」


 そこで隣のフィルバートを見つめて、シヴァはにまっと笑みをこぼした。


「そうだな・・・」


 一旦、瞳を閉じ、人差し指で軽く触れながらちいさく何かを呟く。

 もういちど、瞳を開けたときには、そこには緑碧ではなく、黒い瞳があらわれた。


「・・・鏡を見ているみたいだ」

「うわぁ・・・ますます紛らわしい・・」

「体格以外で区別が付かないぞ」


 隣同士にすわる二つの顔に、ナザールもウルカも目を丸くする。

 ただ、しなやか乍らも騎士らしい体格に近づいているフィルバートと魔術師らしい華奢な体躯のシヴァでは見慣れればそれほど区別が難しいわけでは無さそうである。


「フィルは、もう私より体格が大きいから、兄上ほど紛らわしくなはないな」

「ひょっとして、十年前に王城に滞在中も、そうやって父の振りをしていたんですか?」


 その言葉に、へらっとした笑みを返しながら、何事か呟きながら髪を触る。

 するり、と髪が金色に変わる。

 瞳の色も元に戻すと、フィルバートのよく知る人物の姿と寸分違わない男が現れた。


「これで、城の中は自由に行動出来た。勿論兄の風聞に触るようなことをしたことは無いよ?」

「すれ違う分には全く気がつかれませんね、髪の質が少し違うくらいですし」

「へえ、フィルの親父ってこんな感じだったんだ?」

「・・・リオンそのままじゃ無いか」


 金髪に緑碧の瞳のまま、ジヴァルはソファに肘を預け、頬を支える。


「だから、帝都に行くなら何かと役に立てそうだからってついて行ったんだよ。私はフェルヴァンスを出て数年でまだ帰る気は無かったし、かといって兄が居ない王都は行動しにくいし。ルドルフ王が、兄の補佐をやってくれるなら、付いてきて良いよって言ってくれてね。・・流石に、馬車の中で初めて会ったリッテンベルグ卿は、腰を抜かしかけていたけど」

「セオフィラス小父さん、驚いたでしょうね」

「レオ、君って今まで二人だったの?って頓狂なことを言い出したな」


 その時、扉がノックされる音が聞こえる。

 シヴァはどうぞと声をかけた。

 扉が開いて、ハルフェンバック夫人の声が聞こえてくる。


「フィル、ジヴァルの具合はどう・・?」

「あ、母上・・・」


 その時、フィルバートの母親の視線がシヴァに釘付けになったことで、彼らは大きな失策を犯したことに気がつく。


「ジヴァル・・・?」

「はい、義姉上、御無沙汰して・・・おります・・・」


 しゅるっと元の色に髪を戻したが、少々遅かったらしい。

 夫人はするすると彼らに近づく。

 大変美しい笑みと所作で、シヴァの傍らに立つ。


「ジヴァル、貴方が元来茶目っ気がある人だというのは重々承知していてよ?」

「はい、義姉上」

「ウルカさんのお話を聞いて、リオンらしいと思っているし、勿論貴方のことを責めるつもりなんてないのよ?」

「はい、義姉上」


 ただねぇ、と貴婦人らしい立ち姿が、一層の迫力を増していた。

 凜々しく美しい立ち姿で、幽鬼のようにゆらりとシヴァを見下ろす。


「十年ぶりにやるお茶目では無いわね?」

「はい、義姉上」

「第一、貴方もリオンも説明らしい説明を私にしてくれていないわよね? ねえ?ジヴァル? お時間あるなら、色々お聞かせいただけるかしら? なーんにも聞かされないまま十年経っているのよ?」

「はい、義姉上、何でも仰せのままに」


 フィルバートはそっと席を外した。

 ナザールもウルカもそれに続く。


「あの状態になった母は最強です。父も絶対敵いません」

「師匠もわかっているみたいだな、完全に白旗あげてら」


 暫く、近づかないでおきましょう。

 自分達も多少責任があるようにも思えたが、あとは大人でどうにかしてくれと放棄する。


 そそくさと彼らは庭で小休憩することにした。












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