7-03
あげられるものは何でも使って良い、と言われると。
身のうちから震えるような抗いがたい衝動に駆られた。
男の傍らに膝を突き、震える声でちいさく尋ねる。
「声を・・・・・」
「声を?」
これは、龍として正しい行動なのかわからない。
わからないが、もう、ウルカにはあらがえなかった。
「汝の声を貰って良いだろうか?」
指の先から頭のてっぺんまで、熱を持ったかのように思えた。
おそらく、真っ赤な顔になっているであろうウルカを見上げて、男はうっそりと微笑む。
「じゃあ・・・・交渉成立だ・・・」
「で、でも・・・あの者はもう長くは無い。汝の残りの命だけでも足りぬ。汝と契約して、汝の命を礎に、あの者と"共生"の契約を結んで、少し間記憶を封じねば。・・回復に時間がかかる。」
お前は死ぬぞ?
あの者が全てを取り戻すのにも時間がかかるぞ?
吾はまだ未熟だ。
それでもいいのか?
慌てて、取り繕うように立て続けに問題点を挙げる。
しかし、男は首を振った。
「時間が無いんだろう?・・・・彼の息がある内に、済ませてしまおう。少し手を貸してくれ。俺を彼の近くに、連れて行ってくれないか?」
そこで、肩を貸して、黒い髪の男の近くまで連れて行くと、金髪の男はその口元に耳を寄せた。
「・・・よかった、まだ息がある」
「本当に良いのだな?」
最後に念を押すと。
男は頷いた。
「うん・・・・頼んだよ」
「怖くは・・・ないのか?」
「ううん。地獄行きの道中にちゃんと道連れがいるから」
「・・・何か、言い残すことは、あるか?」
その言葉に、男は綺麗な声で一つだけ、頼み事をした。
「俺の家族に会えたら、きっとわかるはずだから。その声で歌を歌ってあげて欲しいな。特に長男坊は、草原の古謡が好きなんだ」
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「リ=ウォンと契約して、彼がジ=ヴァルに魔法を施した。吾との"共生"と、心身が一定程度回復した後には、彼を知っている者の呼びかけで、記憶を取り戻すよう魔法をかけた。・・・そこで、リオンは息をしなくなった」
ナザールは思わず、フィルバートの顔を見やる。
彼は、落ち着いて、まっすぐにウルカを見つめて、その一言一言を受け止めていた。
ウルカは、膝の上で拳を握りそれをじっと見つめる。
「・・・・その後、共生の契約の途中で、ジヴァルの魔力に吾の魔力が喰われてしまって、それで予想外の事が起きてしまった。・・・声や視力を吾が奪い取って、ジヴァルに吾の力が備わってしまった。それで、左側に文様が出たんだ」
「そういえば、顔の方の文様が薄くなっているような気がしたんだ」
「目が覚める頃には、視力も声も記憶も戻っているだろう。・・・大分戻ってきたけれど、まだ吾の力の幾分かは喰われたままだから、もう少し共生は続くと思う。」
自らの手を少し広げては握り、見つめて、ウルカが息をつく。
「・・・・初めて、人に話した」
「そうか、ありがとう。ウルカ」
フィルバートが静かに礼を言う。
「父の最期が聞けて良かったよ」
「汝の父を助けてやれなくて、すまなかった」
もっと、吾に力があったら。
吾が未熟者の龍でなかったら。
ナファのように成熟した龍であったら。
汝の父も、ジヴァルもどちらも助けられたかも知れないのに。
うつむいたウルカの膝の上で握られた拳に、ぽたりと何かのしずくが落ちた。
いくつか、しずくを落として、ウルカはくうと少しうめいた。
「何時か、フィルに話をする時が来るだろうと思って、でも怖かった。どうして、ジヴァルでなくてリオンを助けてくれなかったのだと言われるのではないかと思って。"声"をくれるからって、そんなのに引き込まれるなんて、なんて強欲な龍なのだと、言われるのかもしれないと思って」
「・・・ううん、多分、それはとても父らしい行動なんだと思うよ、わたしの記憶は曖昧だけど、いろんな人が聞かせてくれる父の姿によくあうもの」
ウルカの手にそっと自らのそれを重ねて、フィルバートが薄く笑った。
「だから、ありがとう、ウルカ。父の願いを聞いてくれて。最期に一人きりじゃなくて、誰かに見守って貰って逝けたのだから、良かったよ」
ウルカは、そこでまた、うつむいて暫く肩をふるわせた。