7-02
シヴァが眠る部屋の隣の居間を使うことにして。
ナザールとフィルバートはウルカと向かい合わせにソファに座った。
母のことは家令に任せ。
弟妹は侍女に托した。
その他、荷物は屋敷の者達に頼んで、彼らは人払いをした部屋で話を聞くことにする。
ウルカが不安定に見えたので、龍に戻りそうなら広いところにしようかとフィルバートが問うと、シヴァの側に居たいとウルカは首を振り、大丈夫と告げる。
「ジヴァルと共に生きるようになって十年前後。ほとんど此の姿でいることが多いから、大丈夫」
「ジヴァル、というのが師匠の本当の名前なんだな?」
「ジ=ヴァルが正しい。ジヴァルは言いやすいように変えられたものだ。リ=ウォンがリオンと呼ばれたように」
ウルカは、少し瞳を閉じて大きく息を吸った。
ゆっくりと吐いて、金の瞳を開く。
「さて・・・どこから話をしようか」
そんな切り出し方で、話を始めたのである。
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その日、ウルカは谷の奥の方から歌声が聞こえるのがわかった。
龍の耳になんとも引きつける、良い声の歌。
周囲の精霊達も、色めき立つ程に、魔力に満ちた声。
人間の声のようだが、果たして。
この谷に、人間が来ることなど滅多にない。
迷い込んだのだろうか。
何れにせよ、様子を見に行こうと彼は思った。
いや、見に行きたい。
この声の主が誰なのか知りたかった。
人の前に出るなら、龍の姿は拙いだろうと、ウルカは人の姿に変わる。
ようやく、子供の龍を卒業して成龍の仲間入りをした彼の姿は、まだ人間の少年を脱した程度、と言うべき若い容貌である。
周囲の精霊が惹かれて近づくのに続き、彼もその声の中央へと導かれた。
谷の奥では、馬車という人間の乗り物がバラバラになったらしい残骸と、体を打ち付けられてぐったりと横たわる馬が数頭。
さらに、人間が数人倒れていた。
声の主は、その内の一人。
金の髪の男である。
ゆらゆらと風になびく髪をぼんやりと眺めながら、ちいさく細く、通りの良い綺麗な声で歌っていた。
「おい・・・・・、如何した?」
男を真上から見下ろしてウルカが尋ねると。
声の主は、うっすらと瞳を開けて彼の姿を認める。
それまで歌っていた声が、ウルカにかけられる。
「おや・・・・珍しい。・・・君は、龍だね?」
五臓に響く声。
呼びかけられたら、大概の精霊は従うだろう。
後で思えば、ウルカ自身もすでにその声に少し"持って行かれていた"のかもしれない。
いつもは簡単には明かさない、己の素性をするりと肯定した。
「まぁ、そうだな。汝はどうしたんだ?」
「・・・・そうだな、そろそろ死にかけって・・・所かな?」
おどけるように、相手は笑った。
「随分、余裕だな。こんな時に歌を歌うとは」
「そうでも・・ないよ? 余裕が無いときこそ、歌でも歌わねば・・・やってられないさ」
息も絶え絶えの様子に、ウルカは首をかしげた。
「生きたいか?」
「生きたい、と言ったら、君は何かしてくれるのかい?」
その問いに、暫し考えて、ウルカは頷く。
「吾と契約すれば、命を助けることは可能だと思う」
「・・・君は、闇の龍だね?」
「まぁ、そうだな。恐ろしいか?」
相手の反応は、ウルカの予想外であった。
「・・・・その分、君は"誰よりも"優しい龍だ」
「何故そう言える」
「"闇"を知らねば、光はわからぬ。・・・人は、この世の闇を知り得るからこそ、恐怖を知り、身の安全を確保出来る。・・・恐怖を知らねば、生きとし生けるものは命を長らえることなどできない。・・・だから、闇を司り、恐怖を操る君は、誰よりも優しい龍だ」
少し、苦しそうに言葉をとめた。
あまり時間がない、とウルカは判断する。
「今なら、汝の命は助けられよう」
「・・・・俺より、・・・・彼を助けてくれないか?」
ゆらゆらと力がない指がさす方向には、黒い髪の男の姿がある。
その男の様子を見て、ウルカは軽く首を振った。
「・・・お前より、重症だ。虫の息だぞ?」
「だけど、彼には帰らなければならない場所がある」
金の髪の男は、緑碧の瞳を開いて、ウルカに懇願する。
「俺の、あげられるものは何でも使っていいから。・・・ジ=ヴァルを、・・・俺の弟を助けてくれないか?」
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「弟・・・・・・」
「師匠って、フィルの叔父さんなの?」
二人の声に、ウルカはうなづく。
「ジ=ヴァルは、リ=ウォンの弟で、純粋なフェルヴァンス人だ」」