6-12
東方公国の王城にて。
公王イェルヴァの元には、外務卿や南方軍司令官であるランド伯などの重鎮が一同に介していた。
「帝都でクーデター!?」
「数日前、皇帝主催の行事のさなかに、元北海王国の旧王族が皇帝を屠ったらしい。今双方の勢力が入り乱れて帝都は混乱の渦だ・・・・ほかの地域にも波及するやも知れぬ」
イェルヴァの説明に、外務卿とランド伯は一様に表情から色を失う。
重臣達は矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「派遣した者達は?」
「未だわからぬ。一部先触れで帝都を脱出出来た者も、いま怪我で動けぬ」
「よもや、あのルートを使って帰国したのですか?」
「そうらしい」
「よく生きて戻ってきたな」
一瞬の間を挟んで、外務卿ははっと顔あげる。
「その行事には、ウラウストリーチ公国のスフィルカール殿下が参加している筈では無かったか?」
外務卿の質問に、第一報を齎した者は首を振る。
「わかりません。詳しい情報が無くて。ただ、皇帝とその子息は殺されたとの情報もあります」
「ラウストリーチの在外公館に連絡は?」
「急ぎ、リヒテルヴァルト卿には早馬をおくりました」
その時、背後から細い声が聞こえてくる。
「御義兄様・・・・・」
「イライーダ様」
しまった、との声にならない声が重鎮達の間に広がる。
真っ青な顔でつかつかと突き進んだ王女は、公王に迫る。
「スフィルカール殿下はご無事なのでしょうか?」
「今、情報を集めている」
「今、帝都でクーデターが起きたら、期に乗じてあの土地を簒奪する者が出てきませんか?」
殿下が、護ろうとした所です。
震える声で、緊張ではち切れんばかりの表情が切迫した心情を表している。
イェルヴァは、その瞳を静かに見つめ。
「君なら、どうする?」
いつの間にか、そう問うた。
「わたくしなら?」
「そう、君なら、此の国と、ラウストリーチを護るならどうする?」
静かな問いに、王女殿下は暫く考える。
わたくしなら、と落ち着いた静かな瞳で公王を見上げた。
傲慢、と評された光は微塵も無く。
冷静で、穏やかな、それでいて胆力に満ちた力強い光。
わたくしなら、と静かに続ける。
「わたくしなら、此の期に乗じて東方王国を復興させます」
「うん、それから?」
「南方軍およびハルフェンバック領において草原の部族との条約更改を進めると同時にラウストリーチへ軍を派遣し、城を押さえます。国境に軍を配備し、人の出入りを厳しくします。今なら、帝国の勢力が届く前に、当国の軍がラウストリーチ城に入れるはずです」
ただし、と瞳の力を強くする。
「決して簒奪は許しません。公王殿下がお治めになっていた状況を微塵も変えること無く、安堵します。各領主にもそのように通達し、とにかくこれまでの通りに生活をするようにと告げ、公王殿下の身柄を保護することを優先させます」
その言葉を最後まで聞き。
イェルヴァ王は静かに決断した。
「よし、そうしよう」
「え!?」
御義兄様!?
イライーダ王女の声にならない叫びを無視して、イェルヴァはランド伯爵に指示を出す。
「軍を集め、ラウストリーチ城へ行け。城の守り役と綿密に打ち合わせ、粗漏無く事を進めよ」
「承知致しました」
「外務卿、在外公館にいるリヒテルヴァルト卿に、公館を閉じてどこか安全な所に身を隠すように進言せよ。・・・何処が良いかな?」
「ハルフェンバックの屋敷が良いでしょうな。フィルバートの実家ですし、私の目も届く」
「では、そう致せ」
その言葉に外務卿も動き出す。
最後に、イェルヴァ王はイライーダに軽く笑みを見せた。
「ここでもクーデターが起きたことにしよう。附庸国の王は反帝国派の王女に王位を簒奪された。そして帝国にも、北海領域にも"別の国"として認識させよう。そして、ラウストリーチを境にして不可侵条約の取り決めをする。南の憂いがなければ、互いの事だけ気にすれば良い。ラウストリーチだけで済むなら、むしろありがたいと思うかも知れぬ」
「お・・・御義兄様!?」
「イライーダ、後世に簒奪者との誹りを受けようとも、君は今、此の国を守れるか?」
覚悟を求められた。
イライーダは、少しだけ震える指で服地をぎりっと掴む。
皺が寄るのもいとわずに、ぎゅっと高級な服地を掴んで。
「此の国も、ラウストリーチも、わたくしが護ります」
"簒奪者"はそう、言い切った。
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在外公館を閉じて、ハルフェンバックの屋敷に移動せよ。
外務卿からの通達に、シヴァ・リヒテルヴァルト侯爵は静かに承諾した。
「・・・・急ぎ支度をせよ」
「伯父上。殿下の情報はございませんか?」
外務卿の背中に、フィルバートの声が悲痛に響く。
一瞬だけ、肩を揺らして、知っている情報だけを告げる外務卿は振り返ることは無かった。
「行事に参加していた皇帝とその子息は、皆殺されたとの報告がある。・・・・まだ、確定では無い」
そのまま、こちらを一瞥もせずに外務卿は去って行く。
「フィル・・・・・」
「ナージャ、まだわからないよ」
しっかりしろ。
ナザールを叱咤するようにフィルバートは声をかける。
拳を握りしめている自分に一番強くそう言い聞かせた。