6-11
「君、俺の子」
突然の告白に。
「は・・・・・」
そのまま口が開いたままあれこれと頭の中で混乱する情報を整理しようとする。
母は、皇帝の側妃で
父は、リュスラーン?
皇帝の命令で、一家で母を監視していたと言ってなかったか?
私が生まれたときは、確かリュスラーンは16・・・
整理がついてくると、徐々に口の端が引きつり始めた。
少しスフィルカールの体が離れたのに気がついたリュスラーンが慌てる。
「ちょ、ちょっと待って、そんな顔しないで。いや、まあ呆れる気持ちもわかるけど」
「皇帝を出し抜いて側室と懇ろになった挙げ句に子供を成したまま隠し通した、と聞いて呆れられないと思うほうがどうかと思うぞ」
自分のこととはいえ、あまりな話に口の端の震えが止まらない。
いきなり父だと名乗りだした男は、そこで少し悲しそうな顔を見せた。
「カールだから、すぐに理解するだろうと思ったけど。そこまで的確に整理されると、結構傷つくもんだな」
「あの乳母は解っているのか?」
その問いに、父と名乗る男は首を振る。
「姉も、父も母も知らない」
「皇帝の子ではなくて、自分の子だという確信があるのか」
「あるけど、詳しく言うとホントに幻滅されそうだから言わない」
何した!?
何をしたんだ!?
そこで更に顔色が悪くなるのを自覚して、スフィルカールはそれ以上言葉を続けることをやめる。
ガタガタと馬車の車輪が馴らす音がやけに響く。
徐々に、冷えてくる頭を揺らすように、その車輪の音だけが届いてくる。
こんな時に、耳に届いてくる唯一の音にしては無機質だと、スフィルカールは他人事のように思えた。
「カール」
少し落ち着いたところで、初めて自分の頭にリュスラーンの手が伸びてきて、黒い髪を乱された。
次いで、肩を引き寄せられる。
「あーあ、やっぱり、かまい倒して可愛がっておくんだった! 」
今まで押さえていた何かを吐き出すような台詞。
ギュッと自らに引き寄せた自分の頭を抱えるリュスラーンの腕に力が入っている。
「抱き上げて、肩車したりさ。馬にも一緒に乗ってさ」
「リュス、言っていることが少々気持ち悪い」
ボソッと返すと、可愛くねぇとふてくされはじめ、更に髪の毛をぐしゃぐしゃにされた。
そのまま、しばらく沈黙が流れて、リュスラーンはポツリと呟く。
「自分の中で、うまく線引きが出来なくなりそうで。一度も抱き上げてやれなかった」
「・・・」
そう言われても、どう返してやれば良いのかわからずにもスフィルカールはされるがまま、リュスラーンの肩に頭を預けた。
「君はリリ様に似てくるし、可愛いに決まってるだろ。なのに、俺はかまい倒して甘やかしてやるなんてできないし。だけどさ、シヴァの奴、たまに態と俺の目の前で君のこと構うだろ? ムカつくったらないわ」
「シヴァ?何故分かるんだ? 私とリュスが似てると少しも思えないんだが」
顔を上げて、リュスラーンの顔をまじまじと見つめる。自分には目の前の男の鳶色の髪も灰色の瞳も無いし、造作も全く似ている要素がないのに。
「特に聞かれなかったけど、大分前に気がついていたんじゃないかな。徐々に声が似てきたみたいで、最近だとウルカがいないと俺とカールの区別が付かないって。・・・話が噛み合わなくなる事があって、その時にはっきり言われたんだ。"皇帝に知られて、殺されるのはまずカールなのだからしっかりしろ"って」
そこでまた、窓越しに後方を見やって、リュスラーンは緊張で唇の端を無理に笑みの形につくる。
「まだ、大丈夫だと思うけど。もうそろそろだな」
「何があるんだ?」
「北海領域の連中が事を起こしている。今頃、行事どころじゃないはずだ。間違いなく、皇帝を屠ってリリ様と君を奪うつもりだよ。同時に、皇帝が君を放っておくはずがない」
そう言うと、向かい席に積んだ荷物を引っ張り出した。
「はい、着替えて。身分がわかる物は全部置いていくこと。紋章とか、その剣もね」
「何を?」
聞こうとしたら、形相が変わった。
「良いから、早く」
  
有無を言わせぬ形相に、大人しく粗末な衣類に着がえる。
着がえた所で、リュスラーンが腰に結わえた短刀を外して押し付けた。
「これを」
手に取って見ると、拵に見覚えがある。
「ウルカの鱗?」
「フィルの物と同じ造りでもう一振り作っていたんだ。もう早々闇が寄りついて来ることはなくなっているとシヴァが言っていたけど、ウルカの鱗が君を護ってくれる。フィルやウルカが見れば、遠目でも直ぐに分かるから目印になるだろうし」
「フィル?」
「東方公国の東北部。草原との境だと聞いている。ハルフェンバック領に向かうんだ」
その言葉に、急に胸の奥が締め付けられた。
「ひ、一人で!?」
「俺が足止めする。馬車は君を乗せたことにして先に進む。君は、一人でフィルの実家の領地に向かいなさい。ラウストリーチはもう危ない」
「フィルやナージャは?」
「シヴァと一緒に東方公国に行かせた。ロズベルグの爺さんとフェルナンドが城を守っている。どの勢力が来ても無理をせず、直ぐに降伏しろと伝えた」
冷や水を浴びせられたような感覚に、胸に抱えた短刀がふるえる。
抱えた短刀ごと、身体が抱きしめられた。
「大丈夫。フィルバートなら、君のことを何が何でも守り抜いてくれる。だから、俺が養子にと見込んだんだ。・・・だから、何がなんでも、生きて、彼の所に辿り着くんだ」
その言葉の中に、相手がその地に行くという意味が入っていないことをスフィルカールはおそるおそる確認する。
「・・・リュスは?」
それは、自分でも予想以上に不安げな声だと思った。
「・・・・」
その声に、一度顔を覗き込まれたあと。
まるで、4歳の子どもにするように抱きしめられ、頭を何度か撫でられた。
「形ばっかりデカくなって、そんな顔しない。・・・・俺も、後で行くから」
ポンポンと軽く背中をたたかれたあとで、開放される。
コンコン、と馬車を繰る御者に合図をすると、暫くして馬車が止まった。
4頭立ての馬車のうち、乗馬用に装備された2頭を外す。
1頭の手綱をスフィルカールに渡すと、リュスラーンは彼を補助して乗馬させた。
「馬は途中で売ると良い。荷物にある程度はお金があると思うけど、持ちすぎても不審がられるしね。そうそう、その馬はいい馬だから、どう安くても20万ゴルテ以下では売らないこと。金子は分割して所持すること。それから」
「人混みに気を付けろ、都合の良い誘いには乗らないこと、だろう? 自慢じゃないが、何度スリにやられたと思っている。ナージャの指導のおかげで、お前より街歩きは上手いと思うぞ」
馬上から、見下ろしていつもの不遜な顔を見せると、リュスラーンは何時ものように笑みを見せた。
「それは頼もしい」
「では、先に行く。始末をつけたら、追ってこい。・・・・絶対だ、絶対だぞ」
緩むと、何かがこぼれそうなのでぎゅっと顔に力を入れて念を押す。リュスラーンは、平生と変わらぬ笑顔で頷いた。
「大丈夫。ちゃんと行くから。フィルバートによろしく」
クッと唇を噛みしめて、馬の腹に力を入れた。
振り返っても、時間を無駄にするだけだから。
だけど、少しだけ、チラリと後方を見る。
今まで見たことのない、優しい笑顔で。
リュスラーンの口元が動いたのが見えた。
しかし、なんと言ったのかは、読み取れなかった。




