6-10
母との面談、という一言で済ませて良いかどうはともかく。
側室のリリベット妃との面会を終えて急ぎ部屋に戻る途中、あと少しで部屋に着こうかというタイミングでリュスラーンを呼び止める声があった。
その声がかかる前に、リュスラーンはスフィルカールを柱の陰に押し込んで姿を隠す。
「ライルドハイト卿。久しいな」
「ご無沙汰しております。公爵様」
固い声で返したリュスラーンの周囲を覗うような気配に続いて、相手の野太い声が響く。
「今回は殿下も帝都においでになっているのであろう?」
「まだ、お披露目前ですよ?」
「つれないな。わたしは殿下の親戚に当たるというのに」
親戚の公爵、と聞いてスフィルカールはピンとくる。
北海領域の関係者か
「慌てずとも、今宵は殿下のお披露目も兼ねた皇帝主催の行事ですから、殿下にお目通りは叶いますよ」
「できれば、いの一番にお会いしたいのだがなぁ」
「陛下のご命令です」
あくまで、皇帝の命令に従っていることを強調していると、親戚とやらは諦めたようである。
「まぁ、ここで陛下の御機嫌を損ねても仕方が無いな。では失礼するよ。殿下には、私の名前をよく伝えておいてくれ」
声が遠ざかったことを確認して、柱の陰から少しだけ身を廊下に向けると、声の方向をじっと見つめるリュスラーンの顔が今まで以上に緊張しているのがわかる。
「ちょっとルートを変えよう」
あと少しで部屋ではあるが、あの公爵に見つからない方が良いのだろう。
それまで進んでいた方向とは反対に向けて、リュスラーンが動き出す。
あわてて、それに続いた。
少し予定より時間をかけてしまったが、女官が冷静でいられる間には部屋に戻ってくることが出来たらしい。
それでも、部屋の前で綺麗な姿勢のまま立っている女官の頬が少しだけ緩んだのはおそらく緊張が続いていたせいだろう。
「ご無事のお帰りでようございました」
「うむ」
「少し休憩を。俺は、ちょっと確認したいことがあるから、出てくる」
背中をそっと押して部屋に入れると、リュスラーンは緊張した面持ちのまま、女官に矢継ぎ早に指示を出し始めた。
「しばらく部屋から出ないように。殿下を行事に案内するのは俺だから、他の者が案内役だと言っても会わせなくて良いし。何処の誰が来ても、たとえ皇帝の命令だと言っても、撥ね付けて良い」
すこし、せわしない様子のリュスラーンに、女官はあくまで落ち着いて見せた。
「畏まりました」
そして、数時間の後。
再びあらわれたリュスラーンは、部屋付の侍従と女官達に辞するように告げた後に、部屋に現れる。
「カール。帰ろう」
「は?」
きちんと身支度を調えて待っていたスフィルカールは、急な展開に棒立ちになる。
周囲の女官は急速に荷物をまとめはじめている。
「後は、私たちが」
「うん。帰りは各自気をつけて」
「お任せくださいませ」
リュスラーンは、スフィルカールの手首を掴むと、有無を言わさず部屋を出る。
「女官たちは?」
「大丈夫。彼女たちも後始末を終えたら、すぐに帰るように手配済みだ。」
追い立てられるように、城の裏口に連れて行かれる。
途中、遠くの開廊でにぎやかな音楽が聞こえてくる。
公式行事の挙行が近いことを告げている。
待ち構えていた簡素な馬車に乗るようにせかされて、乗り込むやいな、リュスラーンは窓をコンコンと叩いて出発を促した。
本当に帰るらしい。
一体、どういうことなのか。
さっぱり様子がわからない為、口を挟む余地がない。
そのまま、馬車は行事に出席するための馬車の行列とは反対方向にどんどん進んでいく。
ようやく、リュスラーンの力が緩んで、手首が解放された。
すこし、自らの手首をさすって、隣で窓の外を注視しているリュスラーンに状況を確認する。
「随分予定を早めたが、良いのか? 皇帝主催の公式行事なのだろう? このためにわざわざ帝都に出て来たのに、良いのか? 出なくても」
「まぁー、もう良いんじゃないかな。外面繕うのも疲れてきたし」
じゃあ、なにゆえここまで来たんだよ。
今日の行事が肝心なのでは無いのか。
文句を言おうと口を開きかけたスフィルカールに先んじたリュスラーンの呟きに、スフィルカールは仰天することになる。
「第一、出席してたら間に合わない。それに、そもそも君皇帝の子じゃないもの。ゴタゴタに巻き込まれる義理はない」
「は?」
は???
はあ???
驚きのあまり。
ポカンと口が開いてしまう。
「まぁ・・・・驚くよね」
フィルカールの顔を見つめて、リュスラーンは笑みを見せながら、そっと彼の手の上を覆うように自らの手を乗せた。
少しだけかさついた手が軽く自分の手を握る。
「君、俺の子」
リュスラーンは、いつも見せる笑みでそんなことを言い出した。