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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
6.帝都へ
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6-09



 母に会ってみるか。


 リュスラーンの言葉に、暫く考えた際に脳裏に浮かんだのは、フィルバートの母であった。

 フィルバートの事を案じて、そして久しぶりに会えたと頬を緩めたその表情を思い出し、スフィルカールは少しだけ耳の先が熱くなる感覚を覚える。


「・・良いのか?」

「なんとかする。あまり接触させない方が良いんだろうけど。・・・御体調があまり優れないらしくて。君の顔を見たら少しは良い影響が出るのではと」

「皇帝には見つからない方が良い?」

「そうだね。いろいろごまかせても、作れる時間は精々10分か15分くらいだと思う」


 良いのだろうか、と躊躇するが。

 それでも、胸の奥に膨らんだ気持ちは抑えづらい気がした。


 恐る恐る、リュスラーンの顔を覗いながらスフィルカールは切り出す。


「お前が良いと言うなら。・・・・会ってみたい」



------------------------------------------------------------------


 ごまかす、というのは本当にごまかすらしく。

 皇帝が用意した部屋付の侍従や女官にあれこれと指示を出して部屋から追い出すことに成功したのは、今日がスフィルカールの誕生日という日で、初めて成人した王族として公式行事に出る日の午前中であった。


 行事は夜だが、朝から準備で大忙し、という事情を最大限利用させてもらったらしい。

 女官達の手腕の鮮やかさに、目を丸くしていると、いつものにこやかな表情でリュスラーンがあらわれた。


「さすが。やっぱり頼りになるね」

「公都では満足に殿下の為の準備が整わなかったのもあり。今になって必要なものがわかった、ということで宮殿内の他部局や、帝都内の商会などにお遣いに行って頂いていますわ。全員が居ないことを感づかれぬよう、時間差でお願いしていますから、結局あまり余裕はございませんのでお早めにお帰りくださいませ」


 女官の冷静な立礼に見送られて、リュスラーンとスフィルカールは急いで部屋を出る。

 表だった廊下ではなく、部屋の裏口などを巧妙に利用するのはリュスラーンならではであろう。


 そうやって、宮殿の端、側室の居住する空間にたどり着いた時にリュスラーンに似た女性が楚々と近づいてきた。


「・・・・殿下、大きくおなりになって」


 乳母、ということは自分の赤子のころを知っている者と言うことで。

 先日皇帝に言われたことと同じセリフなのに、妙に気恥ずかしさが胸の奥に去来し、スフィルカールはちいさく、うむ、とかえした。


「姉上、あまり時間がございません」


 リュスラーンの言葉に、そうねと我に返った女官は急ぎ二人を誘う。


「ここの女官は人数が少ない上、今日は殿下のお誕生日でしょう? 何かと用事があるので、皆を外に出せたわ」


 どうやら、こちらでも火急の用件が乱発されているらしい。


 奥の部屋に通されると、そこは日が高いと言うのに、カーテンが重く引かれて光が届かない場所になっていた。

 中央のソファにゆったりとすわる女性が、スフィルカール達に気がつくとゆらりとした動作で顔を上げた。


「あら・・・・お客様?」

「リリベット様のご親戚のご子息様です・・・・帝都に来た折、是非ご側室様にご挨拶をと申されておいでです」


 刺激せぬよう、側室の親戚だという事になっていた。

 女官の説明に、そうなの、と特に感慨もない様子の側室は、ソファの傍らに膝をついて腰を下ろした少年の顔を上げるように告げる。


「こんにちは。お顔を上げてくださるかしら?」


 少女の様な無邪気な声に、スフィルカールは顔を上げた。


 黒い髪がゆらりと胸までにすこしだけ緩やかに波打っている。

 白皙の肌に浮かんだ青い瞳が海のように見えた。



 ・・・これが、母か

 


 髪と、目が同じ色をしていると思った。

 "私に似ているところは何処なのか"つい探していると、相手は小首をかしげた。


「お名前は、なぁに?」

「スフィルカールと申します」

「そうなの・・良いお名前ね。こちらにお座りにならない? もう少しちゃんとお顔を見せてくださるかしら?」


 ちらりと、後方を一瞥すると、女官とその弟が一様に頷いている。


 ゆっくりと、腰を上げてソファに座り直すと、側室の手がそろりとスフィルカールの頬に伸びた。


「御歳は?」

「17・・・18歳です」


 そう言えば、今日が誕生日だったことを思い出し、年齢を告げると、女性はスフィルカールの頬に添えた手をそっと動かして頭に触れた。


「では、大人の仲間入りね?」

「はい、ありがとうございます」

「ふふふ、素敵な子ね。さぞや、いろんなご令嬢からお声がかかるでしょう?」


 おもわず、まさかと破顔した


「わたしの友人に綺麗な者がいて、きっとそちらの方が令嬢の心を騒がせますよ」

「・・・妾の子も男の子なのよ? いずれは貴方のように素敵な青年になるかしら?」


 そこで、ふと、女性は顔を上げた。


「アーサーが泣いているわ」

「あぁ。左様ですわね。そろそろお寂しくて泣いていらっしゃるのでしょう」


 どこにも、赤子の泣き声は聞こえないが、急に目の前の女性がそわそわと落ち着きが無くなる。

 そろそろ頃合い、とのリュスラーンの視線にスフィルカールは退出を告げる。


「では、わたしはおいとま致します」

「ごめんなさいね。折角おいで頂いたのに」

「いいえ。お目通りが叶いまして、大変幸甚でございました。ご側室様もどうぞご息災に」


 そう言うと、リュスラーンの前まで進み、一度振り向く。

 側室は、すでに寝室へと意識が向いているようだった。


 そのまま、一礼し、側室の部屋を辞する。

 部屋の外で、そっと耳打ちされた。


「・・・アーサーというのは君だ。18年の間赤子の人形を手放さず、ずっと手元に君がいると信じている」





 想像していた母とは全く違っていた。 























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