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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
6.帝都へ
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6-08


 雲に覆われて、月はあまり見えない日である。


 スフィルカールは昼間言われた通りに寝室で寝ないで待っていると、コンコンとバルコニーから窓を叩く小さな音を聞きつける。


「どうやったら、そこから入れるんだ?」

「え? 俺この宮殿大体わかるし」


 てっきり居間から入ってくるものとばかり思っていたスフィルカールは呆れて腕を組み、窓からするりと入ってきた侵入者の顔を見上げる。


「まあ、すわれ。茶の用意なぞは出来ぬ」

「のんびりお茶を楽しもうって趣旨じゃ無いからね」


 部屋の手近な椅子を勧めて自らも座り、少し気の抜けた声で尋ねる。


「隣の部屋では拙いのか?」

「多分、侍従が聞き耳立てているからね。特に声が漏れるわけでは無いけど、誰かと話をしている、と思われるのも面倒だ」


 ここだと構造上難しいからとリュスラーンは肩をすくめた。


「で・・・何だ?」

「皇帝は如何だった?」


 その言葉に、スフィルカールはどうもこうも無い、とふんぞり返る。


「あんな短時間でわかるか」

「そう、他には?」


 促されて、昼間の違和感を言葉にする。


「侍従や護衛は帝都の出身では無いな。砂漠や、草原・・・極東の血を受け継ぐ者もいた。私の知らない地域の者もいるだろう。東方公国ですら、"たまに逢う"という程度で、ラウストリーチでも年に数回行商人が来る程度なのに、ここの宮殿に何人もいるのが不思議で。街全体そんな感じなのか?」

「街にはいない。ここにいるのは・・・・大体、奴隷だよ」


 その言葉の意味するところを理解すると、息が止まった。


「砂漠や草原、海に住む船人、西側の者もいる。様々な地域の子供を買って自らの護衛や侍従として連れ回すのが帝都の貴族の間に流行っていてね。・・・帝都の街の様子がわからないまま入城した事情をよく知らない周辺諸国の外交官の目には、これはどう映ると思う?」


 スフィルカールは暫く考え、恐る恐る口にした。


「多様な国や地域の者が集まる、国際色豊かな国・・・・?」

「そう、多くの異民族がこの帝都には集まっていて、互いに切磋琢磨をしている。そういう国で、全てを統べるのがあの皇帝だと、思わせる効果もある。・・・あの皇帝は特にそれを見越して、周囲に多様な者を置いている。東方公国にも"為政者の徳の高さ"を誇示するために"異国人"を重用するような思想を持つ者が一部いて似ている様に思えるけど、根本的な所で彼らと皇帝たちの考えは違う。帝都にいる異民族達は一見身なりも良いし、教育も施されているように見えるけど、彼らは"物"であり、貴族の"所蔵物コレクション"だ。主の気に食わない容貌に成長したり、これと言った能力に恵まれなかったり、怪我や病気になったりしたら、すぐに廃棄される」

 

 廃棄、という表現が生々しく、血のにおいがするような感覚さえ覚えた。

 

「・・・・・特に極東フェルヴァンス人は稀少だ。ほんのわずかにその特徴が見られるだけで、フェルヴァンス人の血を受け継ぐ物、としての触れ込みで高値が付く」


 ねえ、カール。

 リュスラーンの声が少し嫌な甘さを持ったとスフィルカールは感じる。


「フィルバートが帝都に来たらどうなるだろうか? ・・・君が初めて会った、あの15歳の彼が此の地に来たら、皇帝はどう見ると思う?」


 初めて彼の少年を目にしたときの事を思い出す。

 細い体躯。

 まっすぐな視線。

 ガラス玉のような奇妙な輝きを持つ瞳。

 

 あの皇帝のこちらを見下ろす瞳を思い出して、ぞわっと寒気と共に鳥肌が全身を襲う。

 知らず、自分の腕をぎゅと握りしめた。


「・・・置いていけと、言う・・・」

「だろうね」

「だから、帝都に行かせずに、公都で修行させる名目で留めたのか?」

「半分以上は違うよ。面白い子だし、君と良い友人になりそうだからってのが一番にあるけど。残りの何割かは"この子は帝都でろくな目に遭わない上に、多分死ぬな"って思ったから」

「あちらの外務卿達には・・・?」

「いや・・。俺はフィルバート個人が気に入ったからそうしただけで、他の奴のことまで気にするほどお人好しじゃないよ。流石に彼の弟妹が帝都に修行に行くという情報を聞いたらフィルバートには止めるように言うつもりだけど、双子があまり顕著な特徴を持っていないのは幸いと言えるかもね」


 だから、リュスラーンは彼を帝都に連れて行きたくなかったのだ。

 養子を迎えたと実家に言えば、どのような素性の者かを聞かれる筈だし、調べられるかもしれない。

 もし、そこでフィルバートの実の父親が純粋なフェルヴァンス人だと知られれば、どうなるか。


 ぞわぞわと止まらない震えを何とか抑えようと自然と身が縮む。

 リュスラーンは、その姿を案ずる事すらしなかった。


「カール、あと何年かしたら、君に随行して帝都に来る侯爵は俺じゃ無くてフィルバートかも知れない。・・・その時、他の公王や貴族達の目にフィルバートがどう映るか、彼らにどう思わせるか。・・・・・悪い言い方をするなら、"フィルバートをどう使うか"は君の腕次第だ。」


 使う、との言葉に喉が鳴る。


「フィルバートなら、全部聞いた上で"上手く使え"と言うだろうね。君はイライーダ王女と同じ事はしたくない、と思うだろうけど。"戦略"としてちゃんと考えることはフィルバートを守る上でも良いはずだ。・・・・ここでフィルバートを守れるのは、君しかいないんだよ」


 そして、とリュスラーンが続けた言葉にはスフィルカールは目を見張る。


「そして、シヴァにも幾分かフェルヴァンス人の血が流れているんじゃ無いかと思う。フェルヴァンス人は瞳に特徴がでるから、今の目が見えていない彼の状態では真実はわからないけど」


 これは、あいつには内緒な?

 シヴァは自分のことを詮索されるのが嫌みたいだから


 すこしおどけた顔で目配せをするリュスラーンの表情で、ようやくスフィルカールにも笑みが戻る。


「わかった。この件についてフィルには私から話す」

「うん、それは君の仕事だから任せたよ」


 それから、とにこやかな表情のまま、リュスラーンはもう一つ課題を投げかけた。



「俺の姉からの相談なんだけど。・・・・御母上に会ってみるかい?」









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