6-07
お披露目前、とはいえ。
流石に皇帝には挨拶の必要がある。
宮殿に着いて数日後、ようやくそれなりの落ち着きを得た頃に、皇帝から面会の許しを得た、とリュスラーンから告げられた。
「先だってより、お目通り願っておりましたところ、明日参内せよとの御達しにございます。殿下」
侍従を側に控えて、胸に手を当てて腰を落としたリュスラーンの頭部を傲慢そうに見下ろし、スフィルカールは側の女官を一瞥して頷く。
「閣下、殿下は相わかったと申されておいでです」
女官の声を聞くやいなや。
スフィルカールはリュスラーンに背を向けて部屋に戻る。
「ご苦労。下がれとのことです」
女官の声だけが扉の向こうから聞こえた。
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宮殿は、どこもかしこも重厚な造りで、また豪奢なものにも見えた。
あまり、自分とは趣味が合わない、とも思った。
通る者全てを上から見下ろすような装飾。
圧迫するかのような石造りの彫刻。
謁見の間の扉が開く直前まで、スフィルカールはそんなことをぼんやりと考えていた。
「スフィルカール殿下にございます。本日陛下にお目通り叶いましたこと、恐悦至極に存じ奉ります」
お披露目前なので、声を出さずとも良い。
皇帝より、直接言葉を交わす許可が出なかったので、口上は全て後方に控えるリュスラーンが述べる。
本人は、皇帝の前で膝を突き、頭を垂れ身じろぎもしないままやりとりを聞くだけである。
「うむ。久しいな、面を上げよ」
初めて聞く皇帝の声。
久しいな、と言われてもこれほど空々しいものはない。
口を引き結び、意を決してスフィルカールはそれまで絨毯にはり付けていた視線をおこした。
「大きゅうなった」
本当にそう思っているのか。
朗朗として響きを放つ皇帝の口元には深い髭がある。
全てを威圧する風貌
黒っぽい髪に灰色の瞳がこちらを見下ろしている。
背中に、急激な寒気を感じた。
たまらず、うつむき、また絨毯に視線を集中する。
「陛下より、温情あるお言葉に痛み入ります」
リュスラーンのセリフが緊張を覆い隠してくれる。
絨毯の織り目を数える振りをしながら、違和感の原因を探る。
あくまで、今日は皇帝のみへの謁見で、お披露目前のスフィルカールを目にすることができる者は少ない。
謁見の間に侍する諸侯もほんのわずかだ。
最低限の臣下がこの場にいる。
正確に言えば、臣下とそれ従う侍従や護衛だ。
皇帝の後ろにも数人控えている。
当然の光景である筈なのに、スフィルカールには違和感が拭えない。
・・・私の部屋の侍従と様子が違う。
・・・帝都の人間ではないのか?
・・・いや、もっと別の地域の者?
顔立ちや髪や目の色が、周囲の貴族達とは違うように思えた。
・・・草原や砂漠の民がいる。
・・・ひょっとして、フェルヴァンスの血を引く者も?
・・・もっと西側の者もいるようだ。
公都の市場で行商人として時折あらわれる東からの来訪者の特徴に近い気がした。
フィルバートほどの強い輝きはないが、瞳に極東人の特徴をやや認められる者がいる。
スフィルカールが逢ったことのない地域の者もいるように見えた。
「滞在中は、何か不足があれば申出よ。・・・後日行われる其方の生誕を祝う行事にて、公式に"第四王子"として皆の前に出るが良い」
今日は、ここまで。
その声を合図に、謁見は終了した。
謁見の間から出て。
侍従と合流するまでのわずかな間にそっと耳打ちがされる。
「今晩、寝室に入ってもすぐに寝ないで待っていてくれるかな。少し話をしよう」
その声に、一瞥をくれる時間だけが精一杯で。
すぐに己の周囲を宮殿の侍従に取り囲まれた。