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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
6.帝都へ
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6-06



 帝都は。


 殺風景な街だと思ったのが第一印象であった。

 

 これからの季節なら、市場では夏の野菜や果物が色鮮やかで光り輝いている筈だが、露天が並んでいる様子もない。

 人通りもまばらで、石造りの建物が一様にどっしりとした重みをもって彼の頭上を並んで、睥睨としているように見えた。

 馬車の車窓から見える風景は、そうやってスフィルカールを皇帝の城へと案内しているようだった。


「要人が帝都に来る季節は、住民に対して行動制限のお触れが出るんだよ。帝都に近い街で待機しただろう? そこで日程調整がなされて指定の日時に入城するように指示がある。俺は帝都属の一般貴族扱いだから入都直前で申請するだけで良いし、街の人の行動に制限が無い時間に入れるけど、流石に今回はこうなるな」

「・・・公国や諸外国の王族や外交官が来るときは皆こうなのか?」

「そうだね。本来はもっと雑然とした街だよ。ゴミゴミしていて、乱雑で、人の顔色も建物の壁のような暗い色をしている」


 その言葉の端々に、リュスラーンの内心が透けて見えるような気がして、スフィルカールはわずかに戦慄を覚える。


 どうやら、帝都が嫌いらしい。


 城が近づくにつれ、リュスラーンの表情から色が失われていくことも、スフィルカールの緊張をより高めていた。


「宮殿に君の使用する部屋が用意されているが、"監視役"の俺は気軽には近づかない。頻繁に出入りするのはやめておいた方が良いだろう。日に一二度程度だと思って」

「うむ」

「ラウストリーチからの随行女官三人は常に君に付いているから、何かあれば彼女を通じて俺に連絡して」


 入城を前にして、いくつかの注意事項が言い渡される。

 緊張で心の臓が飛び跳ねるような気がするが、必死で押さえながら一言も聞き漏らさぬように集中する。


「君はまだお披露目前だから、どの貴族も大臣も近づかないように皇帝から指示が出ている。部屋付の侍従や女官を通して接触を図ってくるような者がいる場合は、お披露目前を理由にはっきり断っても失礼では無い。誰がどの侍従や女官を通じて接触を図ろうとしたかを随行女官と情報共有して、あとで俺に知らせて」


 それから、とリュスラーンは、緊張の中でもいつもの笑みを見せようと口の端をゆがめた。


「いつも以上に、"俺様"で構わない。尊大で傲慢そうな"第四王子"でよろしく。城から連れてきた女官以外には声も聞かせるな・・・良いね」


 "いつも以上"は余計だ、と返して。

 スフィルカールの乗った馬車は、皇帝の住まう宮殿へ進んでいった。


--------------------------------------------------------------------



「それでは、殿下。私はこれで」


 リュスラーンは、よそ行きの顔で一礼すると何の未練も無いように踵を返した。

 背中が扉が閉じていく向こう側に消えたのを横目に、スフィルカールも背を向ける。


 近寄る侍従を片手で制し、彼は奥の部屋に入った。


「・・・・ふう」


 部屋の中央に据えられた大きなソファに腰を下ろして、ようやく旅の疲れをため息と共に吐き出す。

 部屋の中は、領地から随行してきた女官と彼だけだ。

 三人の筈だが、今は二人のみである。おそらく一人は別の場所で仕事を進めているだろう。

 彼女たちへの重圧も相当なものになるだろうと彼は思い立つ。

 おそらく、寝ずの番も任務には含まれているはずなのだ。


 せめて彼女たちに迷惑をかけないようにしようと彼は心に決める。


「殿下、お茶をお召し上がりになりますか?」


 その声に、顔を上げると女官のいつもの笑みが見えた。

 確か、中立都市に外交に出向いたときも彼女がいたことを思い出す。

 あの時のささくれた気持ちを落ち着かせてくれた味を思い出し、少しだけ緊張が解れた。


「うむ。其方のお茶は一番美味しい」

「あら、いつの間にお上手になられたこと」


 さらりと軽口を返されて、お茶の支度を整えてくれる。


 いつもなら、ナザールやフィルバートと囲むはずのテーブルも今は一人きりだ。


 リュスラーンは"監視役の貴族"に徹するのだろう。

 甘い顔を見せたら、今までの彼の苦労が水泡と化す。


 白いカップに注がれた、綺麗な水色に見送りの際のフィルバートの固い表情を思い出す。

 ナザールは少しだけ蒼い顔をしていた。

 今頃、城でどうしているだろうか。


「殿下?」


 少し、考えに没頭しすぎていたらしい。

 カップを見つめたまま硬直していたことで女官が声をかけた。


「あ、すまない」


 意識を戻して、お茶を一口含む。

 香りと、味をゆっくりと味わって、ようやく人心地付いた気がする。


「殿下、今私どもに迷惑をかけないように、とお思いになっていますか?」

「え・・?」


 ちいさく、かけられた声にいつの間に読み取られたのだろうかと驚いた顔で女官を見上げると、彼女は余裕のある笑みを少しだけ見せた。


「リュスラーン様より、"こういう時に限って、周囲の大人に迷惑をかけないように口が堅くなるから気をつけろ"と申し渡されております。・・・後で余計面倒なことになるので、不安があればすぐにお伝えくださいませ」


 見透かされていた。


 スフィルカールは、耳まで赤くなるのを自覚しながら、ごまかすように一口茶を飲み込む。

 コホン、と軽く咳払いをして、さも当然と言いたげな表情でチラリと女官を一瞥した。


「・・・・わかっておる。頼りにしている」

「それはようございます」











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