6-03
「へえ、親父さんから呼び出し喰らったんだ」
「・・・どうしたら、そういうお気楽な意訳になるんですかね?」
「・・・全くだ」
来年6月に帝都に行くことになった、とナザールに告げると。
至極、大変至極合理化された内容で返された。
「・・・やっぱりヤバい?お前の親父さん」
「"ヤバい"かどうかは、行って見ねばわかるまい」
「公式行事へ理由無く欠席するのは皇帝への反逆と捉えられ兼ねませんので、痛くもない腹を探られるよりはおとなしく従った方が良いだろうと、シヴァ様やリュスラーン様のご判断ですね。第一、18歳になって最初ですし、成人した王子としてのお披露目も兼ねているのでは、とのことです」
今日は、フィルバートの私室で三人が思い思いにソファに座っている。
相変わらず殺風景な部屋に、スフィルカールは何か置物でも置いたらどうだと言ってみたところ「面倒くさいです」と返された。
「お前は行かないの?フィル」
「私はシヴァ様とフェルナンド殿に従って留守居役をせよと」
「・・・・リュス様の実家の人に挨拶とかしなくて良いのかよ」
ナザールの疑問に、フィルバートはそれもそうだと思うんですけどね、と首をひねった。
「何やら、私を帝都に連れて行くのはお嫌のようです」
「あいつの家事情も多少拗れているんだろうな」
「そうかも知れません。養子を迎えたということすら知らせていないようですよ。"もう独立しているから関係ない"って先日仰っていましたし」
ふうん、と返して。
ナザールはじゃあと続けた。
「俺、カールが帝都から戻って来てから留学に行こうかな」
「準備が出来たら行く事にしていなかったか?」
「カールの誕生日が過ぎたらすぐにでも出るつもりだとばっかり」
二人の疑問に、へへ、とナザールは笑う。
「えー? カールがさ、フィルをちゃんと騎士にしてあげるところ見てからにしたいじゃん?その様子だと、カールが戻って来て落ち着くの、フィルの誕生日過ぎるかも知れないよね」
「お・・・・・・!」
急に顔を赤くして、スフィルカールは拳を握りしめた。
「おっまえな! それ絶対面白がっているだけだろう!!」
「・・・・・叙任式で、にやつかれても困ります」
「だってさぁ、絶対見たいじゃん。カールがちゃんと"公王様"っぽくフィルに"首打ち式"やるの」
今からにやついている様子に、絶対見せたくないとスフィルカールは思う。
その内心を知ってから知らずか、ナザールは人懐っこい笑顔を満面にした。
「まあ、それ抜きにしてもさ、帝都って結構遠いじゃん。無事に帰国した所を見て安心して心置き無く行こうかなって」
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「まぁ、そういうことで。悪いなぁ爺さん。隠居決め込んでいたところ引っ張り出して」
「ま、致し方無かろうな」
申し訳なさそうな様子のリュスラーンに対して、ロズベルグ翁は首を振る。
「さっさと用事を済ませて帰ってこい。ナージャがな、殿下がお前のところの坊主をちゃんと騎士に任ずるところを見てから留学に行く、と言うておってな」
「ぶ・・・・・」
そこで、思わず吹き出すと、お前は笑うなと軽く叱られる。
「大体、どういう手を遣って騙し討ちしたのかしらんがな。東方公国の近衛騎士か南方軍の幹部候補かと言われて、すでに子爵位を得ているような者を養子にするなんて荒事ができるのはお前くらいじゃわい」
「え・・?俺が騙し討ちしたのは確定なの?」
大変不本意と言いたげに口をとがらせると、ロズベルグ翁の目が三角になっていることに気がつき、首をすくめた。
「碌でもない手を遣ったのは確実じゃろ、このやんちゃ坊主」
「俺もう三十路なんだけど。まぁ・・・くわしくカールに話されるとちょっと拙いかな」
「ほうれみろ。・・・・・・ならば、死なさぬように、ちゃんと鍛えなされ。それが東方公国にいる坊主の母御と弟妹にできるお前のせめてもの詫びの形じゃろ」
シヴァに譲ったとは言え公国の元宮廷魔術師長で、自身にとっても子供のころから頭の上がらない相手に、リュスラーンはめずらしく素直に頷いた。
「うん、それは勿論。といっても、そろそろ俺もフェルナンドもうかうかしてらんないけどね」
「ほお」
「そろそろ一本取られそうなんだ。カールも最近口達者になってきたし。ナージャ君も物の言い方がだんだんクドクドしてきてて魔術師っぽいしさ。」
「なんじゃ、その言い草は。魔術師の物言いがくどいとは。理路整然と言え。議論の起点から結論まで確固たる論拠に基づき話すことの何がくどいというのじゃ、まったく。頭に筋肉しか詰まっていなさそうな騎士らしい言い回しじゃな」
「魔術師の話は長いってことだよ、もう・・」
いったそばから話が長くなりそうな魔術師の視線を避け、彼はうんざりとした顔で肩を落とす。
「でも、まぁ」
目を細め、リュスラーンは珍しく本心から楽しそうに相好を崩す。
「俺も、もう少し頑張って"大人の威厳"ってやつを見せつけとかないとね。まだまだ、クソガキどもに負けるつもりはないからさ」