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5-13




 季節は、やがて秋になろうとしている。

 ナザールとフィルバートが城に来てから2年が経過したことになる。


 ようやく夏の暑さが和らぎ、風が心地よい時期だ。


 3人で馬で遠乗りに出かけるのも随分と久しいことである。

 ナザールは大分乗馬が上手くなった。そろそろ冬の大雪の後でも大丈夫そうだとフィルバートが言っている。


 スフィルカールはあまり外に出られない日が続いたので、この日の開放感に溢れた空気を肺腑一杯に取り込んでいる。

 湖畔の見通しが良い所で馬を休めながら、久しぶりにのんびりと時間を無駄にしていた。


「ナージャは留学の準備が進んでいるのか?」

「まぁな。来年の今頃か、もうちょっと前くらいに行けそう」


 例の、魔法研究が盛んな中立都市への留学に備え、着々と準備を進めているらしい。

 帰ってくる頃には、見習いではなくなるだろう、とシヴァが言っていたのを思い出す。


「そういや、お前はどーすんの? やっぱり近衛騎士?」


 弟妹からはそう聞いているナザールに水を向けられ、フィルバートは急に視線を彷徨わせた。

 しばらく、躊躇った後で重い口を開く。


「ええっとですね。一応、実家からは、禁軍の近衛騎士か、南方軍の騎士か選べと言われていたのですが」

「なんだ、どちらもエリートコースではないか。それは迷うな」

「へえ、凄いじゃん。それで、どうしたの?」


 へらっとフィルバートは照れくさそうに白状した。


「今月頭に正式にリュスラーン様の養子になりました」



 いや、どこにもそんな選択肢があるとは聞いてなかったぞ



 スフィルカールはしばらく硬直する。

 ナザールはへえっと驚きで首の根っこが締まったような声が出た。



「あれ?ってことは、お前もうこの国の人間なの?」

「はあ、そうですね」

「しばしまて。・・・・フィル、では先だっての我らの問答は一体何だったのだ?」


 東方公国に戻るという前提での話だったことを思い出し、いささか咎めるような表情を見せたスフィルカールにフィルバートは私のせいではないですと言い切る。


「それに関しての苦情は、リュスラーン様に言って下さい」

「呆れた。悩んだ日々を返せ」

「じゃあ、もうこの国の騎士なんだ?」


 ナザールの言葉に、再度視線を彷徨わせたフィルバートは、段々耳まで赤くなりながら眉間にしわを寄せる。


「いいえ、今のところはライルドハイト家の人間だって事以外、無位無官の無職です」

「何故だ。東方公国で騎士だったのだから、あちらに騎士の人事調書を出してもらってこちらの騎士団に出せば、すんなり入れるだろう? フェルナンドが否と言うとは思わぬが」

「いやぁ、だって。来年になったらカールが成人して、ちゃんと公国の王として表に出る立場になるじゃないですか」

「まあ、そうだが。で?」


フィルバートは二人の視線を避けるように、湖の水面に目をやる。


「・・・摂政閣下の代理署名のじゃなくて、ちゃんとカールが署名した書類で騎士に叙任されたいなと」

「な・・・・」


 急に自分の首から顔、耳までが赤くなるのが解る。


「何だ!その小っ恥ずかしい理由はっ!!」

「ガ・・・・ガキみてぇ・・・・!」


 あまりにも子供っぽい理由に、スフィルカールは顔を赤くして怒鳴りつけ、ナザールは転げ回る程に笑いがとまらない。

 二人の反応に、フィルバートはやはりおかんむりである。


「・・・どうせ笑うと思った!」

「そ、それ、リュス様に言ったの?」


 笑いを何とか堪えながら、ナザールが問うと、ますます不貞腐れ始める。


「言いましたよ! 笑われましたよ!リュス様は大笑いするし、シヴァ様はソファに突っ伏して笑いを堪えようと頑張るし、ウルカは笑いすぎて龍に戻りそうだって言ってどっか行くし、ミラー卿なんてその後三日間くらいは顔を合わせる度に思い出し笑いするし!!」

「オッサンがそこまで引きずるって相当だぞ・・・駄目、俺笑いがとまんね」


 声を上げて笑う事が滅多にない筆頭騎士までもが数日引きずるほどに笑ったというのが信じられないが、何はともあれ、大人達の爆笑は誘ったらしい。


「ええい、もういいですよっ。馬装整えてきます!」


 すっかり拗ねたフィルバートは立ち上がると馬の許に行ってしまう。


 その背中を見ながら、スフィルカールは呆然と息をついた。


「まったく・・・恥ずかしい奴」

「・・・ふうん」


 目を細めて、ナザールは意味深に笑う。

「良かったじゃん。やっぱり、国に戻って欲しくないなーって思ってただろ?」

「思ってない」


 顎をそらして、あらぬ方向に目をやっていると、通りの良い綺麗な声が聞こえてくる。

 

「俺、お前達が何を約束したのか、知らないし、聞く気も無いけどさ」


 耳さわりがよく、明瞭な言葉がスフィルカールの胸に染みてくる。


「俺は、この国で魔術師になって、それで魔術師だから出来る事を頑張るって思っているよ。王様がお前なら、なんか俺がやりたい事、実現出来そうだなって思うから、宮廷魔術師になろうと思うし」


 だからさ、とナザールは淡々と告げた。


「なんか違う、って思ったら俺はお前から離れるよ。だって"友達"だもん。ついて行けねぇやって思ったら程良い距離の程良い場所で、俺は俺のやることをやるよ。・・・けど、あいつ違うでしょ?」


 聞いているはずがないのに、この見習い魔術師はどうしてここまで言い当てるのだろうか。

 他人の頭の中を知り得る魔法でもかけたのではと一瞬思う。


「フィルは、お前がやることに最後まで付き合って一緒に責任持ってやるって、そういう覚悟を選んだんだろうなぁって。だから、"友達"イチ抜けしたんだって。・・・お前泣いてたときに言ってたもん。まだ未熟者でいたいって。何にも考えないで、ガキがつるんで喧嘩して・・・そういう時間が終了したんだって、そう言う意味なんだろうなって」


 あ、でもさ、と彼は明るく人懐っこい笑顔を見せた。


「俺もフィルの次くらいには、お前の味方でいるつもりだよ?まぁ、俺が見限ったら相当ヤバいって思えば良いんじゃねぇ?」


 俺もフィルを手伝おうっと。


 そう言い置いて、ナザールも立ち上がり、軽く服地の草を払う。


 一人取り残され、スフィルカールは自らの手を見つめた。


 己に、そこまでされる価値があるのだろうか。

 多分、フィルバートは、それなりに血で手を染めることになる。すでにその役割をリュスラーンから受け継いでいる。・・・おそらく、自分が知らない顔を持ち始めている。

 ナザールは、すでに魔術師として、己が何をすべきか、何をしたいかがわかっている。自分のやるべき事の為に、"この国"と"王"を利用すると、はっきり言った。


 己は、まだ"王"にすらなっていない。

 二人には、水をあけられ、取り残されている気がする。


 しかし、もう"未熟者"で良い時間は終わる。


 出来る事をやるしか無いのだ。

 それで、あの二人に見限られたらそれまでだ。

 是非も無し、と思おう。


「わたしも、行くか」


 のろのろと立ち上がり、膝についた草を払う。


「カールーーー。そろそろ帰ろうーーー」

「お腹すきましたよーーー」


 その声に軽く合図をして、駆け寄った。



「そういえばさ、お前結局"リュスラーン様"って呼び方変わんねぇのな」


 帰りの道中に、馬を歩ませながらそんな話をふってきたナザールに、フィルバートは少し嫌そうな顔をする。


「私にとって、父上は一人だけですよ。それに・・・」


 草原に住むという目の細い狐のような顔つきになる。


「リュスラーン様に父親面されたら、如何思います?」


 その言葉に、暫し熟考した二人は。


「・・・・気持ち悪い」

「ごめん、俺も・・・ちょっとやだ」

「でしょう?」


 同じような目つきになってしまうのだった。
























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