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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
1.呪われし王子と闇の魔術師
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1-7


 「お前、本当に何にも出来ねぇのな?」


 翌日、ひととおり子供の相手をさせられた午後、夕食用の野菜の皮を小さなナイフで剥いていると後ろからあきれたような声がかかる。

 振り返って見上げると、金髪碧眼の少年が腰に手をあてて仁王立ちしていた。

 ナージャと呼ばれている一番年長の少年で、孤児のまとめ役を任されていたなと思い出す。


「お前のそのペースだと、一個剥いてる間に、皆三個できるぞ?」

「う・・すまぬ。」

 小さく詫びをいれ、またおぼつかない手でジャガイモの皮をむきつづける。

 同じ刃物でも剣と包丁では大違いだ。

 こんなに小さな刃なのに、自分はどうしてこんなに扱えないのだろう。

 じいっと手元を見つめられ続けたことで知らず緊張したせいか、手元が滑って手に傷を作ってしまった。

「痛っ」

「あーっ。もう・・・だから変なとこに力入れてるからっ。ちょっとこっち来い」

 ざくっと割れた手にみるみる血がにじむ。

 腕をつかんだ少年に腕をつかまれて水場まで連れてこられた。

「・・・ったくもー・・・。力余って洗濯物は破くしさぁ、包帯は締め付けすぎるし、包丁持たせたら怪我するし・・。お前の歳でそこまで出来ない奴って珍しいぞ?」

 手を洗うと、スフィルカールの傷口を少年の手が覆うように抑える。

 少し、温かくなった後で少年の手が離れると、手元には傷らしいものは一筋として残っていないことに気がついた。スフィルカールは思わず顔を少年に向ける。

「え・・・?」

「気をつけろよー?」

 スフィルカールの血が付いた手を水場の綺麗な水で洗うと布でぬぐい、少年はため息と共にもとの位置に戻ってジャガイモの皮をむき始める。


「・・・お前、魔法使いか?」

すぐ隣に座って問うと、ジャガイモから視線を外さずに少年は面倒くさそうに返事をする。

「だからなんだよ? ここじゃ捨て子の三分の一は魔法使いだぜ?」

「・・そんなに多いのか?」

 魔法使いとは、魔力を持って生まれ、魔力をもってして生きる人間の事を指している。

 魔術師、治療師、神官、精霊遣いなど職種は幾つか大別されるが、彼らはその技術によって分けられているだけで、総じて"魔法使い"と呼ばれる。

 魔法使いは、そうそう生まれる者ではない。

 魔法使いからは、魔法使いの子供が生まれることは多いが、両親ともまったく魔法が使えなくても、たまに魔法使いが生まれることもある。

 大体、20人の子供のうち1人くらいの割合で生まれるのだと、リュスラーンから聞いたことがある。

 だから、ここの子供の三割は魔法使いだというのは相当に割合が高い。

「・・・魔法使いのガキは育てにくいからな。魔法使いがちゃんと名づけをしないと自分の名前も覚えねぇし。ちょっとしたことで神経質になって、泣きわめくし。泣きわめいたら、そこらの椅子とか吹っ飛ばすし、建物揺らすし。近所迷惑だし。・・名前付けるのにも金かかるから、捨てられる魔法使いのガキは多いぜ? そんなのもしらねえの?」

 となりで、さくさくと鮮やかにジャガイモの皮を剥いてあっという間にひとつ終わらせた少年は、ぎろりとスフィルカールをにらむ。

「・・お前、何しに此処に来たんだ?」

「・・・」

「いきなり、騎士みたいな奴連れてきて、何する気だよ? 此処を立ち退けって話なら、ぜったいゆるさねぇからな?」

「・・そんなことは言っていない」

 その言葉に、静かに答えて、スフィルカールもジャガイモをひとつ剥き終わる。

「・・・お前の師匠に聞いてみろ。もっとも、まだ返事云々の問題ではないがな」

「・・・・・・・いけすかねえ。」

 ジャガイモの籠を見れば、すべて終わっている。

 少年は白くなったジャガイモの籠を手にすくりとたちあがり、スフィルカールを見下ろした。

「・・・・なんか、わかんねぇけど。俺、お前の事嫌い。」

「人に好かれようと思って生きていないからな。嫌いで結構」

 同様に立ち上がると、少年の視線はスフィルカールより少し上である。

 やや顎をそらし、つんとした表情でスフィルカールは少年を見つめた。

「人に好かれようと思って、他人に媚び諂って生きていては、自分のやるべきことなどやれぬ」

 その言葉に、少年の顔が赤くなる。

 歯をぐっとかみしめた顔を悠然と眺めていたスフィルカールは、子供が自分を呼ぶ声にふと振り向いた。 

「カールぅ、なんか知らないおじちゃんが呼んでるー」

「・・なんだ、もう迎えが来たか」

 ナイフを危険が無いように片付け、立ち上がると子供に手首をつかまれた。

「お迎え?」

「えー? お家に帰っちゃうのー?」

「ここにずっといるわけじゃないの?」

「あぁ。そうだ」

 不服そうな表情に、なにやらこそばゆい感覚が胸の内を少し荒らす。

「・・また来る?」

 きゅっと眉根のよった幼い表情につられて頷いた。

「う、うん」

「絶対だよ?」

 安請け合いだとは思うが、もう来ない、とは言えなかった。


 最後に、金髪の少年の顔を一瞥し、スフィルカールは少年に背を向ける。

 子供に引っ張られながら歩いて行くと、リュスラーン一人の姿が目に入る。

「リュスが来たのか。フェルナンドは?」

「あいつは、面倒くさいから置いてきた。」

 そのセリフに、くっとスフィルカールは相好をくずした。

「それはそうだな。」

「・・・楽しかったみたいだね」

 そのセリフに、スフィルカールは顔を上げる。

「?」

「顔でわかるよ」

 優しい笑みに、スフィルカールが首をかしげると、その腕にぶら下がる子供達にかき消された。

「ねぇねぇ、おじちゃん。カールのお家の人?」 

「おじ・・・・」

「カール、絵本読むのお上手なんだよ」

「ものしりだよねー」

「でもお洗濯は下手だよね」

「お掃除もあたしが教えてあげたんだよー」

 勝手なことをあれこれと子供達がリュスラーンに報告してくる。

 この数日、とりわけスフィルカールにまとわりついてきた子供が満面の笑みで引き継ぎ事項を述べた。


「お家でもちゃんとお手伝いしてって言ってね、おじちゃん」

「おじ・・・・」

 何故か大変傷ついたような表情を見せるリュスラーンになんと言えば良いのかはわからなかった。

"なんだ、お前一人か。あいつはあいつで面白い男だが"

 そろり、と文字が流れてきた。

 ふりむくと、男が軽く手を挙げる。

 今日は、フードをかぶっていない。

 その容貌に、リュスラーンは、首をかしげた。

「・・・この間の男?」

「そうだ。あんなどすの利いた声響かせるから、どんないかつい顔かと思えば。案外優しそうな顔をしている。お前より若いんじゃないか?」

「・・・なんだかなぁ。」

 かるく、頭を叩いたリュスラーンに、薄く口の端を引いて男は指を動かした。


 "公王はお返しする。"


「・・・なんでバレてるの?」

「わたしのような子供がごろごろいてはたまらんのだそうだ」

 ひそりとしたつぶやきに、軽く笑って答え、スフィルカールは腕を組んで男を見上げる。

「で、昨日の質問だが」

"ほう、答えは出たか?"

 その文字が流れるか、そうでないかの前に、スフィルカールは口をへの字に曲げた。

「そんなもの、一日そこらでわかるか。答えが出るまで待っていたら、お前もわたしもあの世に行ってしまうわ。一生かかっても答えが出せるかどうかわからぬ質問をするくらいなら、端から"どんな条件を提示されても引き受けぬ"と断ればいいじゃないか」

 その言葉に、男は、にいと笑みを見せる。

 スフィルカールは男の見えない瞳をじっと見据えた。

「"民は、わたしの家族だ。此処にいる者もすべてそうだ"、そんなおためごかしを聞きたくて此処まで連れてきたわけじゃないだろう? そんな質問に正しい答えを出せる奴がいたら、わたしは尊敬してやってもいいぞ。そんなもの、一生かかっても出ない答えだ。・・・だが、少なくとも、此処にいる者はわたしにとって蓋をすべきものではないらしいことはわかった。"その答え"を導くためにもな」


 するりと、ラウストリーチ公王は男の額に人さし指を向けた。

「リヒテルヴァルトの領地をくれてやる。良い風が吹き良い畑がある。ここは改築して設備を整え、お前の私邸を兼ねる。それらを使って、このわたしに"この質問の答えを考えさせろ"。・・・それが条件でどうだ?」

 リュスラーンの声が、珍しく上ずった。

「り・・・・・リヒテルヴァルトぉっ!?」

「今はわたしのあずかりだ。リュス、問題ないだろう?」

「問題ないがなぁ。・・・侯爵かよ・・・」

 そのやり取りに、男は、困惑したようだった。

 "・・・・要らぬが・・・"

「要らぬと言われても、押し付ける。ただし、私欲で財産を動かしたら、即クビだ。財産管理はわたしと共同で行う。ランド・スチュワートもわたしが選定する。お前は、このわたしに"何らかの答えを導き出させるため"にすべてを動かせ。自分のために動かすな。・・・怖気づいて、出来ぬというか」

 しばらく、眉根を寄せて、男は指を空で動かす。

 その隣で、あの金髪の少年が男の顔を見つめていた。

「師匠、こいつら、何言ってるの?」

 その少年の声の方向に顔を向けて、男はしばし考える。

「・・・・師匠?」

 するりと手が浮いて。

 男は、金髪の少年の頭にとんと手をおいた。

"しばらく留守にする。ウルカは残してゆくから何かあれば連絡させろ。"

その言葉を残して、男はスフィルカールとリュスラーンの前に立ち、指を動かした。


 "それを条件に、君を守る盟約を立てよう"


「・・・わかった」

 スフィルカールは満面の笑みでその顔を見上げた。





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