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5-08



 星空が自分の頭上をぐるりと囲うようにチラついている。

 もう、空に向かって吐息を吹きかけるような時期でも無い。

 遠くの空の星を見ながら、城の屋上の手すりの上で足をぶらつかせていると、後方から気配が近づいてきた。


「あ、お疲れ様。どうだった?」

「うん。ダメ」


 短い言葉に、そうかぁ、と少し悲しげな顔で遠くを見やる。


「所謂普通の"侯爵家"ではないにしても出入り業者はちゃんとチェックしていたんだろうけど」


 元々の形態が、貴族としての体裁や警備体制を考えた物ではないので、どうしても甘いところがあったのだろうか。オズワルドは気がついていないだろう。


 病院でも流石に出入りの業者とスフィルカールを遭遇させるような事は今までもしてこなかった。

 敵は、"元孤児で現在宮廷魔術師の見習い"であるナザールに狙いを付けたのだろう。

 出入り業者として信用を得て、ナザールが訪れる日に合わせて納品などにかこつける。

 根気よく待って、二人が一緒に行動する姿を確認したかったのだろう。

 まだ、公王として表に出ていないスフィルカールの姿を知る市井の者はいない。

 そのため、今まではむしろ病院の方が安全だったのだ。

 城の方が、"公王"らしく行動している分、顔がわからなくても危険性が高いと、リュスラーンもシヴァも考えていた。


「・・・ナージャと一緒に帰るところ見られたかも知れないのは拙いな」


 おそらく、今後はもっと厳しくなるに違いない。

 スフィルカールの世界が狭くなる事に、フィルバートは少し胸の奥が痛んだ。


「表面上は普通の繊維業者で仕事は至極まっとうだよ。"主人"が婿養子なんだけど、よくよくたどったら別の領域の手の者だった・・・あのさ、坊ちゃん」


 隣に同様に手すりにすわったアリーは、周囲を見回し、そっと尋ねる。


「これ・・・叱られない?」

「見つかったら叱られるよ?」


 あっさりと肯定する。


「けど、ここ良いところだからね。・・・で、親方達はなんて?」

「旦那様も、親方も"坊ちゃんに任せる"って」


 そうか、と言いながら、それ以上に嫌そうな顔を見せた。


「坊ちゃんてやめてくれないかな?」

「だって、名前を呼んだらダメだって。僕たちのルールだよ」


 彼らは、二人の名前を口にすることは禁忌とされている。それぞれ別の呼称で区別されている。

 リュスラーンは"旦那様"、フィルバートは"坊ちゃん"。

 実に嫌な言い回しである。


 すこし、考えて、フィルバートは別の呼称を思い出した。


「じゃあ・・・"バトゥ"で」

「なに? それ?」

「草原での通り名だよ。この国で知っている人はいないし、東方公国でも家族くらいしか知らない。草原にいけばごくありふれてて石を投げたら羊の次くらいには当たりそうな名前だよ。せめて君くらいはそれで御願い出来ない?」

「・・・多分それもルール違反だと思うんだけど」


 まぁ、いいか。

 アリーはしょうがないなと言いながら応じてくれるようだ。


「じゃあ、バトゥ。僕もひとつルール違反して良い?」

「うん」

「・・・・お父さんのこと、聞いても良い?」


 これはまたずいぶんなルール違反じゃないか。

 いきなり振り幅を大きく振ってきたアリーに、すこし戸惑いながら頷く。


「良いけど・・・」

「フェルヴァンスに帰りたいって言ったことある?」


 その言葉に、はたと考えを巡らせて。


「そういえば、一度も無いな。わたしが子供だったからかもしれないけど」


 そこで、急に思い立つ。


「ウルカがフェルヴァンスの歌を教えてくれたときも、全然記憶になかった。・・・父は、私に自分の生まれ故郷のことを話したことが無い」

「そう・・・・・」

「どうして、そんなこと聞くの?」


 その問いに、アリーは少しだけ迷い。


「僕、草原の民によって帝国の市場で売られた奴隷なんだ」


 そう答えた。

 内心驚愕で胃の奥がぎゅうと締まるような感覚を覚えるが、なんとか平生を務める。


「・・・・そうなんだ」

「9歳の頃だから7年前かな。市場の隅っこでさ、野菜とか鶏とか売られている店の奥で紐で縛られていたとこを、親方が見つけたんだ。旦那様が僕に、君は何が出来るんだい?って聞いて。・・・僕は魔法使いみたいです、ってだけ言ったら。そうかい、じゃあウチに来る?って言って、親方と旦那様がお金を出してくれたんだ。」


 父と境遇が似ている。

 誰かの手によって意に染まない拘束を身に受け

 家畜の様に人の手に渡り


 魔法使いであることで今の環境に身を置くことになった


「だから、僕、草原の奴らのことが大嫌いだった。"坊ちゃん"が北方とはいえ草原の部族の血を引いているっていうのも気に食わなかった。・・・けど、バトゥのお父さんのこと調べているうちに、自分のことを調べているような気にちょっとなったんだ。僕は、今のところ砂漠の生まれ故郷に戻りたいって気持ちは無いけど、この人はどうだったんだろうって思ってさ」


 それから、とアリーは珍しく色々と喋ってくる。


「きっと、"坊ちゃん"は砂漠の奴のことは大嫌いだと思っていた。案の定、初めて会ったときはものすごく嫌な顔をしたし。・・・・けど、すぐに謝ってくれて。御貴族様のはずなのに、僕みたいな者にあっさり謝って、今もこうして普通に接してくれるし。・・・・どうしてだろうって」


 それは、とフィルバートは決まり悪そうに頬をかく。

「だって、私がいままで嫌な奴だ、って思ってきた人間と同じ事をしようとしているって思ったから。・・・何処に行っても異国人扱いしてくるくせに、"国に殉じた者の息子"って持ち上げ方してくる連中のことがわたしは疎ましくてしょうがなかったのに。"砂漠の生まれ"ってだけの君の顔見ただけで、どうしてここに砂漠の民なんておいているんだって、一瞬思ったんだ。親方に殴られて、"わたしは私が嫌いだと思う連中と同じ事をしようとした"って思ったら、たまらなく恥ずかしいし、腹が立って」


 そうか、とアリーのつぶやきは穏やかだ。

 満足したらしく、話を仕事に戻してくる。


「で・・"繊維業者"はどうするの?」

「今回は"排除"しかないだろうね。今後はリヒテルヴァルト家の出入り業者も入念に調査する必要がありそうだし。自由が減って、カールはすねるだろうなぁ」


 手すりからストンと降り、手を腰に当てて空を見上げる。

 その隣に、ふわりと降り立ったアリーも、同様に空を見上げた。



「うん。わかった・・・・。僕もそう思う。親方に伝えておく」


 

 僕もそう思う



 隣にそう言ってくれる者がいる。

 それなりに重い決断をしたという自覚はあるのだが。


 少しだけ、軽くなったような気がした。












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