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5-06




 リュスラーンからまず指示されたのは次の二つであった。


 城内にいる彼個人の配下の者の顔と名前を覚えること

 "親方"の仕事を手伝うこと


 城内の使用人のなかでも特に下層の下働きの者に、彼個人の手下てかが含まれていた。

 なるほど、スフィルカールの直接的な生活には一切関わらない場所であれば、彼に気がつかれずに"仕事"ができるわけである。

 君が探さなくても向こうは君を知っているから、とのことで城内を一人で移動している際に声をかけられた。そうやって数日の内には事前に聞いていた名前はほとんど確認することができた。

 

 おそらく、配下の中でも一部の人間だろう。

 自分に顔を覚えられても先々問題ならない程度、と考えられる。


 "親方"というのは、彼らをとりまとめる役目の者で、リュスラーンとは帝都にいた頃からの付き合いとのことである。

 リュスラーンから指示された仕事の差配やとりまとめなどを行っているらしい。

 差配役なら、普段の仕事で実働する者では無い。

 やはり、"職場体験インターンシップ"らしい配慮だろうなと思えた。


 まぁ、東方公国に戻った後でラウストリーチに不利に動くような事があれば、どうなるか覚えていろ、という意味もあるのだろう、とは理解している。

 カールに害を成すようなこと、やるはずは無い、と口で言ってもきっと信用しない。

 おそらく、"東方公国に戻っても裏切らない質"が欲しいのだろう。


 父の事が調べられたのは拙かった。

 父が当時の東方王国南方軍に入隊した時は衛生兵で、一部の兵士とトラブル(どういうトラブルかは聞かされていないが、今では大方の類推はついている)になって"魔女"と呼ばれており、魔術がたくみな事からランド隊に配置換えになったということは、フィルバートが南方軍に配属されたときに簡単には聞いた。同時にその話は古参の兵士なら知っている者も居るという程度だから、そう秘密というわけではない。

 配置換え後の父の仕事内容は当時の同部隊内の他の兵士すら知らない。

 当時の父の任務について知っている者は、既に亡くなったルドルフ王やリッテンベルク卿以外には、当時の上司であり当事者その者であるサミュエル・ランドだけだ。

 ランド伯は、フィルバートを南方軍属の少年兵として配した当初はその話をしないつもりだったが、とあることがきっかけで全てを話している。本意では無かったはずだ。

 リュスラーンが怖いのは、ランド伯の胸の内に留めていた配置換え後の父の仕事を、南方軍からではなくその周辺の敵方から得られた情報を基にして当たりをつけた所だ。南方軍でそんな情報収集していたらすぐにランド伯に知られる筈だから、砂漠や南方の草原部に潜入出来る者が配下にいるという可能性がある。


 "フェルヴァンスの魔女"だなんて、砂漠の奴しか言っていない二つ名、どこから仕入れてきたんだ。

 自分ごときにどれだけ手間をかけたんだろう、しつこいとは思っていたが、大概ねちっこい性格である。

 

 とはいえ、フィルバートには当面リュスラーンの意に反するつもりはないし、スフィルカールにこのことを言う気もなかった(言えるはずも無い)。おとなしく、親方とやらの仕事を手伝うだけである。


 親方の仕事の中心は、たまにあらわれる"お客さん"の始末である。

 城に出入りする商人や地方から出張してくる役人、まれに帝都から遣わされる使者など。

 普段と違う人間の出入りはその都度厳しくチェックされ、報告が上る。

 常に城に出入りする者の確認とは、これはかなりの仕事だとフィルバートは思ったが、"坊主が伯父さんとやらと一緒に初めて此の城に来た日が一番大変だった"と言われてしまうと、申し訳ございませんという気になってしまった。


 問題が無いと判断された者は監視に気がつかぬまま、所用を済ませて城をさっていく。

 中には、そのまま帰ってもらってはいささか差し支える者もいる。

 そのような、"帰られては差し支える者"の処断も仕事のひとつとのことだった。

 リュスラーンと親方の判断次第で、一旦捉えるか、存在そのものを消し去るかが決まる。


 指示に従って一度対応したら、その後から"今後は坊主がやれ"という事になり、方法は任されることになった。"職場体験インターンシップ"の割には、随分と人使いが荒い。

 親方からは"坊主"と呼ばれていた。リュスラーンから最初に紹介されたときに"やんちゃ坊主"呼ばわりされたせいだろう。

 

 親方は、普段は城の中で鍛冶職人のようなことをしている。自身の工房を持っており、関係の無い者が入りにくい場所にあるので、リュスラーンや他の使用人達が仕事の合間に密かに出入りしやすいというのが利点だった。無論その中にはフィルバートの姿もある。


「よう坊主、良い天気だなぁ」

「もう日が落ちてるよ、親方」


 夕食の後に、少し顔を出してきなさいとリュスラーンから指示されて工房に顔を出すと、一見大変人の良い鍛冶職人の顔で出迎えられた。


「あぁ? もうそんな時間か。どうりではらぁ減ったわけだ」

「・・・親方。夕飯はもらってきてあるけど」


 工房の奥から見慣れない少年が現れて、小首をかしげたフィルバートに、あぁと親方は思い出したかのように少年を指した。


「この間まで、ちっと遠方に遣っていたんだ。顔合わせは初めてだな」

「・・・・そう。よろしく」


 どういう顔をしていいのか、やはりわからずに素っ気なく応答すると、少年はまじまじとフィルバートを見つめ、ちいさく名乗った。


「・・・僕は、アリー」


 同様に、フィルバートも少年の顔を見つめて、そして気がつく


「君、砂漠の・・・」


 砂漠の民の特徴をよく現している。

 ぞわっと鳥肌が立つ感覚を覚える。


 こんな所に、砂漠の民がいるなんて。


 なんとか、無表情を決め込むが、一瞬の顔のゆがみまでは隠せたか自信はなかった。

 対して、アリーの瞳は特に何の感情も覚えてはいないようである。


「・・あんたが、半分草原でフェルヴァンスの・・」


 その瞬間、フィルバートの後頭部にガツンと衝撃が与えられ、目から星が飛び出るような気がした。


「痛・・・・」

「いっ・・・・痛」


 後頭部を押さえ、顔を上げると、アリーも同様に頭を抱えていた。

 両者の間に立ち、軽く拳を握りしめていた親方の顔が冷たく見下ろしていた。


「砂漠の民だぁ、フェルヴァンス人だぁってくっだらねぇこと言ってるんじゃねぇぞ、坊主共」


 それから、と親方はもういちどアリーの頭に拳骨を見舞う。


「当の本人を前にしても、"報告内容"を口にするんじゃねぇ。・・・今のが旦那に聞かれてみろ、殺されるぞ」

「はい・・・すみません」


 頭を押さえ、アリーはもういちど踞っている。

 そうか・・・彼なら、あの辺りに行っても違和感が無いから・・。


 "第一次調査者"の存在を目の前にして、フィルバートは至極居心地の悪そうな顔ですこし視線をそらす。

 親方は、その胸ぐらをぐいっと持ち上げ、厳つい顔に近づけた。

 フェルナンドにも劣らない太い腕で、軽々と持ち上げられ、フィルバートは苦しそうに顔をゆがめる。


「坊主、言っておくがな。俺達には砂漠の民も草原の民も、東方国人も、ましてや極東フェルヴァンス人も関係ない。・・・国許でその面倒くささを一番肌で感じているお前が、砂漠の民のコイツだけは別だって言おうものなら、俺は容赦しねぇぞ?」


 ようやく、下ろされて、フィルバートは息苦しさを取り戻すかのように胸を押さえた。

 今度は胸の奥をガツンと殴られたような感覚に、耳まで赤くなるような羞恥心が襲う。


 自分のことだけしか見えていないじゃないか。

 これでは、王女殿下の取り巻きと、大差ない。


 少し視線をさまよわせた後、意を決してフィルバートはアリーに許しを請うた。


「アリー、今の態度は良くなかった。申し訳ない」

「え・・・・・・あ・・・。うん」


 すんなり自らの非を認めて謝る姿に、戸惑ったのか、反応は鈍いながらも受け入れたようである。


 親方は、その様子に満足したようで、腕組みをして"職人"の笑顔を見せる。


「じゃ、今日もしっかり仕事にかかるか。その前にメシ食わせろ」





















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