5-05
ナザールに個室が与えられて、数ヶ月になる。
フィルバートと相部屋であったときですら、随分広いと感じたが、独りになると余計に部屋ががらんとして見えた。
寝室と、そこに繋がる部屋を書斎代わりにしている。
書斎として使っている部屋には、机と本棚の他に、ソファもあり、誰かが来た際には一緒に話をしたりお茶を飲んだりすることができる。
どちらの部屋もバルコニーが付いているのでそこから外を眺めるのも可能だ。
ずいぶん、贅沢な事になってしまったと思う。
つい数年前までは想像もしていなかった。
街の奥深く、人々から隔絶された破れた建物のなかで、病人の相手をし、孤児の面倒を見て。
きっとずっと生きていくのだろうと思っていた。
しかし、今や魔術師の養子になり、魔術やその他の学問に明け暮れている生活をおくっている。
スフィルカールがふらりとあらわれてから、なんだかおかしな事ばかりが起きている。
とある日の夕食後のことである。
魔術書とにらめっこしながら、仕掛けのある紙細工を作ろうと奮闘していると、自室の扉をノックする音が聞こえた。
本から目を離さず生返事をすると、扉の開く音と聞き慣れた声が聞こえる。
「ナージャ?」
「ん? カールか? いまちょっと手が離せなくって。適当に座れよ」
声だけで、スフィルカールが来たことがわかり、ソファに座ったまま立ち上がることもせず適当な椅子をすすめる。
自らの左半身にどかっと重みが加えられた。
「おい、他にも座るところあるだろ?」
「寄りかかれるのが良い」
「もうーー」
自分の左肩に背中を預けて、スフィルカールはソファの袖に足を投げ出していた。
仕方が無いので、左肩を貸してやることにする。
「あれ? フィルは?」
「知らぬ。部屋に寄ってみたが、反応がなかった」
「何処ほっつき歩いているんだか」
手順通りに紙を折りながら、最近あいつ部屋にいない時が増えてきたなとよぎる。
「・・・フィルと喧嘩でもしたのか?」
「そうではない」
そこで、肩が急に軽くなった。顔を上げると、体を起こしたスフィルカールの肩越しに視線が合う。
「・・・何故フィルが原因だとわかるのだ」
「何があったか知んねーけど。何かあったんだろうなぁくらいは大体わかるよ。お前、落ち込むと結構わかりやすいもん」
すぐに手元に視線を集中させていると、また肩に重みが加わる。
「喧嘩では無い」
「じゃあ、どうしたんだよ?」
「・・・・言いにくい」
「じゃあ、聞かねぇよ」
そのまま、無言のままそれぞれの思考に没頭する時間が過ぎていく。
「あいつ国に戻ったら、近衛騎士、みたいだぞ」
「それは決まっているのか?」
「あ、どうだろう? クラウスとルイが無邪気に言っていただけだから」
「・・・本人は他にも選択肢があると言っていた」
「すげーな、あいつ。やっぱ東方公国の公爵の分家筋って言うだけに、違うんだな」
そこでまた、言葉が途切れる。
はた、とナザールは急に思い立ち顔を上げた。
「え? お前、フィルにこのまま国に帰らないで欲しいなーとか思ってるわけ? そりゃ無いでしょうよ。いくら俺でもそりゃ子供すぎるってわからぁ」
「そういうことは思ってないっ」
思ってないが、と返して、彼はまたすこし体重をナザールにかける。
「多分、国に帰るまでに答えよ、ということなんだろうな」
「なに、課題でも出てんの?」
茶化したような言葉に、似たようなもんだなと目を細めた。
「わたしが、わたし自身が納得出来る"回答"が出せるか、皆目見当がつかぬ」




