5-03
城の一角で、リュスラーンは自らを呼び止める声に気がついた。
使用人の一人が、物陰からにんまりと笑みをこぼしている。
「おや、こりゃどうも。お疲れさん」
「毎度毎度こき使っておいて、よくそういう気楽なねぎらい文句が吐けますね」
すこしは遠慮しろ、との言外の響きに、リュスラーンはいやぁと頭をかく。
「優秀な皆さんなので、ついつい甘えちゃって。で?」
「手短に」
そこで、密やかにかつ短く要件を耳打ちされる。
「ありがとう、引き続きよろしく」
「はい、承知しました」
「そういえば、例の"やんちゃ坊主"はどう?」
ついでの質問に、さらに非難がましい空気感がリュスラーンにぶつけられる。
「もっと前から連れてきてくれりゃぁ、俺も楽出来たのに」
「あはは、ごめん。それは褒め言葉と受け取っておくよ」
どうやら、お気に召したようだとリュスラーンは満足する。
やや呆れたような声が、相手から聞こえてくる。
「綺麗な顔して、やることなすこと荒っぽいわ、えげつないわで。どうやったらあの歳であの仕上がりになるんですかねぇ?」
「草原と南方軍仕込みで、12~3歳の頃には毒殺はお手の物だったみたいだからね」
相手は、なにやら懐かしそうな声でつぶやく。
「・・・坊ちゃんに似てますねぇ」
「その言い方やめてくれないかな?」
薄ら笑いの中に、棘を見せると、相手はおお怖いと言いながら離れていく。
「では、失礼いたします」
するり、と相手は物陰から姿を消した。
「ったく、昔話は余計だよ」
相手の気配が消えた跡を目で追い、苦々しく吐き出した。
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話は、一月以上遡る。
「お呼びでしょうか」
一人、リュスラーンの執務室に呼び出されたフィルバートは、小首をかしげ、書類の片付いた机に腰を預けた摂政に尋ねた。
「うん。ちょっと聞きたいことがあって」
体重を片方の腕に預けて、笑顔を支え、いつもの声で切り出すと、フィルバートは数度目を瞬かせた。
「・・・私まだ何か疑われていますか?」
「疑う?」
ちろりと、相手の目の色が変わるのが、リュスラーンの胃の奥をぐりっと動かした。
「ええ。半年くらい前までは、私が一人の時は周囲に監視を付けて、動向を確認されておられたではありませんか」
ち、わかっていたか。
内心舌打ちしながら笑顔はそのままに首をかしげる。
「一応、他所のお宅のお子さんの行動は知っておこうかなという程度は許されると思うんだけど?」
「カールやナージャが居るときは御配慮頂いていたようですし、特に気にはしていません。おやめになったのは、私がカールを害する事は無いと判断されたのかなと思っていたのですが、まだ何かご不審な点でも?」
それに、と続けた少年の表情は随分と残忍なものに見えた。
「私のこと、最初から同じ穴の狢って解っていましたよね。帝都に行かせないために、ちょっと強引に留学させたでしょう」
こういう表情も出来るのか、と内心驚くが、それでもリュスラーンは表情を崩さない。
「俺も君と同類だって認識されているとこがムカつくけど、ご名答。わざと足止めしてやったのは確かだよ」
「伯父上はご存じないから、素直に喜んでいましたが。あのまま帝都まで私を行かせない方が良いとご判断された理由をお聞きしても良いですか?」
その問いには。
さらりと、冷たく言い放つ。
「あのまま行ったら、君死んでたと思うよ」
立ち上がり移動し、そろりと窓際のカーテンに触れる。
「帝都内の何処かの騎士か貴族の家で修行と称して潜り込もうって腹だったんだろうけど、あそこで君を相手に出来る剣士なら、君が"まともじゃない"事にもすぐに気がつくと思うよ。もう少し大人の意見を聞いて、多少なりとも"騎士らしい品を持つ剣技"で誤魔化せる位に修行を積んでからにしないと、あそこに行かせるのはみすみす死なせることにしかならない。ランド伯はそれを一番心配していたんだと思うんだけど。解んないあたりがまだ坊ちゃんなんだよね」
フィルバートは、腹立たしげに顔をゆがめる。
「・・・・悔しいですが、今となってはごもっともだと思いますので何も反論しません。この一年の滞在で、"癖が矯正されていて少々腹が立つ"とランド伯が仰っていました」
その評価に、リュスラーンは、大変嬉しそうな表情を見せた。
「最初はちょっと不満そうだったけど。なんだかんだで今は結構楽しくやっているじゃないか」
「まぁ、"子供のお守り"は悪くないです」
ぷいっとすねたような口ぶりに、リュスラーンはにやっと口元をつり上げた。
「言うねぇ・・・その割には、ナージャ君にお父上の形見の装備を貸したり、自分に付き合わせる振りしてカールの乗馬指南役を買って出たり、彼らに随分肩入れしているように見えるけど?」
ますます、ふてくされたような表情を見せる少年に、リュスラーンは尋ねる。
「どうして、帝都に行きたかったの? 別に命令でも何でもないんでしょう?」
そこで、暫く、フィルバートは口をつぐみ。
「父がどうして亡くなったのか、帝都に行けば調べられるのではないかと思って」
そっぽを向いたまま、ぽつりと呟いた。
「周囲は事故だという人もいましたし、王女の取巻きは帝国の陰謀で殺されたんだとかたくなに信じていました。母やランド伯は噂で惑わされるような人ではないので、何も私には言いませんでした。・・・自分で、納得出来る理由が欲しかった。父が亡くなったのは何故か、事故でも何でも、自分の目と耳で確かめて、納得したかったんです。反帝国派のように何の根拠も無くただ声高に叫ぶのは論外だけど、親帝国派のように何も疑わないのも少し違うと思いました」
「・・・・まぁ、俺の胸だけに留めておいてあげるけどさ、なんか本当に坊ちゃんな理由だから、拍子抜けしちゃったよ」
だから、言いたくなかったんだけど。
すこしそらした視線の先に吐き出すように、呟かれた言葉を一応聞き逃してあげて、リュスラーンは少年の背後に周り。
成長して、以前より少し高い位置にある耳元にささやく
「禁軍と南方軍、どちらにするか決めたのかい?」