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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
1.呪われし王子と闇の魔術師
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 翌朝、何故か子供の小さな足で顎を蹴られた状況で目が覚めた。どうやったらそんな寝相になるのだろうとスフィルカールは不思議でたまらなかった。

 彼らはどうして同じ絵本を2回も読みたがるのだろう。しかも3冊。

 終いには急に寝付くから、意味がわからない。 


 皆目が覚めて、やっと解放されると思ったら、今度は子供達の朝の身支度を手伝わされた。

 小さな少女の髪の毛を結ったら下手くそだとその子に叱られたのは大変理不尽だと思う。

 やたらと騒々しい中で朝食をすませ、促されるままに、子供達の仕事を手伝うが、大体まずは失敗した。教えられ上手く出来ると、そのたびに小さな子供達に褒められ、もぞもぞとした妙な感情で顔が赤くなるのがわかった。

 小さな子供達は、新入りが珍しいのかやたらとまとわりついてあれこれと聞いてくる。

 少し困ったが、当たり障りのない範囲で全部真面目に答えると、更に質問が重ねられるのできりがない。

 ウルカがとても良い笑顔で金の瞳を輝かせて「汝のおかげで、助かる」と言うのが妙だと思った。

 子供達に聞いたら、普段はウルカに絵本を読んでもらい、髪を結ってもらうのだそうだ。

 どうりで昨晩えらく嬉しそうだったわけだ。

 一通り子供達の相手をしたら、その後はナージャという少年に指示され、おぼつかないながらもけが人の包帯を洗い、シーツを取り換えた。

 夕方になると、他の子供と一緒に湯を浴び、怪我で手の無い者の背中を流した。


 「・・・疲れた」

一日の仕事を終え、グッタリと寝台に寝転がり、大きなため息をつきながら力を抜いて伸びていると、部屋をノックする音が恨めしく聞こえた。

「さすがに、疲れているな」

「誰のせいだ」

ウルカの笑顔に毒づくと、後ろからこれまた良い笑顔の術師が現れた。

 "昨日今日と、よく頑張ったな。・・・・怖気づいて逃げ出すかと思ったが、なかなか骨があるじゃないか。身分の低い者に指示されるのも嫌がらなかったな。子供と一緒に湯あみもしていた。手をなくした者の背も洗ってやっていたが、怖くはなかったのか?"

「目的を達成するために必要なら、なんでもやるさ。第一、他の子供が誰も怖がっていないのだから、怖いことはないのだろう?」


寝台にあぐらをかいて背筋伸ばし、スフィルカールが返答すると。向かいの寝台に座りながら、男は口の端をにいと引いて笑みをみせる。

 "随分、わたしを信用しているようだが。もし、わたしが子供をダシにして悪事に手を染めていたらどうする? お前も明日になれば、外国行きの馬車の中かもしれぬぞ?"


態とらしい笑みにプッと彼は吹き出す。

「今さら何だ」

少し、呆れたように苦笑する。

「だいたいお前がそういう顔をしているときは、わざと誰かを脅している時だ。一度わかれば、お前のその顔はわたしに恐怖を与えない」

対して、男の表情はやや驚いたように見えた。

スフィルカールはにやっと口元をゆがめた。

「お前は本来誰かを脅かしてまで何か悪事を企むほどの豪胆な男には見えん。それに、リュスがわたしを頼むと言ったが、あれは裏をかえせば"わたしが無事ですまなかったらどうなるか覚えておけ"ということだ。それをお前はちゃんとわかって迎えに来いと言った。・・・目が見えず、声も出せない魔法使いのお前が、剣豪のリュスを相手にする勇気はないと、わたしは見たが。・・ウルカが普通の子供じゃなくとも、彼を使って何かやる前に、リュスの剣がお前の首を飛しているだろう。お前がその程度の事をあの言葉の裏から読み取れない男なら、わたしは手元に欲しいと思わん。」

 その言葉に、男は返事もせず、ただ、堅く閉じられた瞳で、スフィルカールをじいと見つめているようだった。

「それに、良く見たら、ここは面白いから何でもやってみようという気がしたんだ。・・リュスもフェルナンドもいないから、止める者はいないし。やろうと思うことはすぐにやれたから、それも面白かった。」


その言葉に、男は興味深そうに首をかしげた。

"ほう、ここが面白いとは、どこが?"

「病人やけが人にも、いろんな者がいる。動ける者が、動けないものを助け、動けないものはそれなりに自分のやれることをやる。繕い物が得意なものは皆の衣類を縫い、料理が得意なものは皆の食事を整える。木工が得意なものもいたな、生活に必要な品物を作っていた。かなりたくさん作っていたから、あれは市場で売ったりもしているだろう? 子供も、自らの能力に応じて仕事を受け持つ。大きな子供が小さな子供を指導して、市場に物を売り、買い物に行き、けが人の包帯を取り換え、洗濯をする。・・・お前が、金持ちから法外な値段をとるのは、彼らの生活のためだな?」

スフィルカールは、ここで過ごした中で見たものをまとめてみる。

男の口が、ほおと動いた。

"良く見ているな。"

「それに、病人の扱い方もなにかの法則に則っているのもわかった。・・医療の知識もあるのか?」

"少々。だが、近所に酔狂な医者がいる。彼に助けられている部分が大きい。"

「・・・此処にいる者はどういう者達だ?」

その質問に、男の指はゆっくりと、文字を刻む。

"治る見込みのない病人や快癒に時間のかかる者。戦で怪我を負い生きるすべを失ったもの、そして親に捨てられたりした子や親の問題で逃げ出した子だ。戦に巻き込まれ、心に大きな傷を抱え、まともな口が聞けるまですこし時間のかかるものもいる。"

続いて、男はすこし、文字を書くことを逡巡した後。

するりとその言葉を空に記した。


 "これをどう見る? ラウストリーチ公王"


 スフィルカールは一瞬の緊張のあと、ほおとため息をつく。

「・・・わかっていたか」

「・・・お前、公王だったのか?」

ウルカが目を丸くしてスフィルカールと男を見比べる。

男はうすく笑みを見せた。

 "君のような子供がごろごろいてたまるか。・・・彼らは、君にとって何の役にも立たない。軍の力にもなれなければ、商人の稼ぎにもつながらない。税を生み出す者にもならない。人々からは忌み嫌われ、排除される。・・・彼らは、君にとって何者だ?"

「・・・」

 言葉に詰まる。

 いままで考えたこともない質問に、スフィルカールはしばらく、視線を泳がせた。

 "すべては、その答え、如何による"

その言葉の後、男の手が、すうと伸びて、スフィルカールの頭をそっとなでた。

ふわりとした感覚に、スフィルカールは一瞬、居心地の悪そうな顔を見せた。

「な、何をするんだ?」

"頭をなでられたことがないのか?"

直接伝わってきた言葉の響きは、驚きのように思えた。

「・・な、ない。・・・・嫌じゃないが、落ち着かない」

やや、逃げるように身じろぎをすると、男は一度とん、と頭を軽く押さえ、手を離した。

 "・・・・おやすみ。"

その言葉がゆるやかにスフィルカールの頭に響く。

 男は立ち上がり、軽く手を振りながら部屋から出た。


「・・・彼らは、わたしにとって・・・・。」

何者だ?

寝台にごろりと横になり、考えようとする。

しかし、考えようと思った頃には、彼は今までにない深く心地よい眠りにぐったりと身をゆだね・・・。

「カールーー、今日もごほんよんでーーー」

「ぼくもーーー」


どうやら、そういうわけにはいかないようだった。



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