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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
4.亡国の王族
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4-10



果たして、スフィルカールの予感は見事に的中していた。


翌日、スフィルカールとナザールとでフィルバートを部屋まで送ったところ、一見気丈な様子を見せていたフィルバートの母親が彼の姿を見るなり泣き崩れたのに遭遇してしまった。


どうして今までちゃんと話してくれなかったのか

どうして気がついてやれなかったのか


自分への怒りや後悔をフィルバートにぶつける様子を見て、フィルの母ちゃんも色々大変だったんだろうなぁとナザールは少しだけ鼻の奥がツンとする感覚を覚えた。

 それにしても、スフィルカールがどうして予想出来たのか、不思議に思って尋ねると、すこし視線をそらされて「前に、リュスラーンとフェルナンドに似たような事をした」とだけ返ってきた。

 こっちもこっちでそれなりに心配をかけた事があったらしい。


 母の様子に、少し精神的に不安定になっている双子に気がついて、ナザールは少しの間、彼らを部屋の外に連れ出すことを部屋に控えていた護衛のダヴィドに提案し、託されることになった。

 参内の際にフィルバートの様子がおかしいことに気がついていても中の様子は全く知らされず、さらに本人に大丈夫だからと言われていたダヴィドは、まさかここまでこじれていたとは思っていなかったようで、彼も後悔しているようだった。

 相変わらず、クラウスはスフィルカールがちょっと怖いようで、絶妙な距離をとりながら様子を窺っている。すこし傷ついたような顔をみせたスフィルカールは、自分は部屋に戻るから、しばらく双子を庭園でも連れて行ってやれと言って去って行った。


「母上は、どうしたの?」

「兄上が泣かした?あとで怒っていい?」

「怒っちゃだめだよ、君らの兄上も悪くないんだからさ」


 あまり状況を理解していない双子と一緒に大庭園に入ってみる。

 ある程度の距離で両国の護衛が控えているのは当然なのだが、物々しい雰囲気にクラウスが怖がるので、徐々に人が少ない方向へ歩みを進めていった。


 人気が無くなると、すこし気が大きくなったのか、ルドヴィカがナザールの手を離れて遊びだす。


「ナージャ、かくれんぼしようよ」

「え~?ここで?」

「あたしと、クラウスが最初に一緒に逃げる。ナージャが鬼ね」

「ちょっと待て、ルイっ。あんまり遠くに行くなよ」

「大丈夫~ ナージャの声が聞こえる範囲にいる~。怖くなったら魔法で合図する~」


 そんなことを言いながら、双子は手を取りあって植え込みの間にすぐに隠れてしまった。

 一応、護衛があちこちにいるとは思うが、少し不安だ。


「ちょっとだけだぞー」


 走って行った方の植え込みを覗き込み、小さな姿をさがす。

 すぐ近くでひそひそとしているらしい。

 時々、名前を呼びながら、そのたびにちいさく移動する金の髪に気がつかない振りをする。

 庭の一画、木々と植え込みに、人の影のようなものが見えて、ナザールはふと覗き込んだ。


「・・・あ・・・」

「わ・・ごめん・・」


 植え込みの影に、膝を抱えて踞る少女がいた。

 銀色の髪に紫の瞳。

 草木に染まるのもあまり気にしていない様子だが、身につけているのは多分最高級の衣類だと思う。

 お互い、状況が状況なだけに、つい、いぶかしむような視線を交わす。


「なんでこんなとこにいるの?」

「それは、こちらのセリフでしてよ? ここは東方公国か帝国の者しか入れないはずよ」


 ナザールは、あぁそうか、と気がついた。


「俺、帝国?の方になるのかな。あんた、カールのお見合い相手だろ?」

「帝国・・・の護衛?・・には見えないわ」

「あぁ、俺、カールのお見合いに関係ないもん。魔術師見習いだから、ついでにこの都市の図書館とか見て来いって師匠達に言われて付いてきただけ。俺はナザール・ロズベルグ。ナージャで良いよ」

「イライーダよ・・」

「いつもなんて呼ばれてんの?」

「王女とか、殿下とか・・・イライーダ様とか・・・」

「あー、俺面倒なのダメだ。姫さんで良い?」

「・・・結構よ」


 膝を立てて抱えるように座っている王女の隣に、ナザールはあぐらをかいて座る。


「なんで、こんなとこに隠れてんの? そっちも誰かとかくれんぼ?」

「そんなわけないじゃないの・・・。誰もいない所に居たくて」


 抱えた膝に顎を乗せて、銀の髪がさらりと頬をなでている。


「いつも皆が色々言って頭が混乱するときは、一人きりでこうするの」

「ふうん」


 しばらく、そのまま風が草木をなでる音を聞いていると、抱えた膝に顎を乗せたまま、王女はちらりとこちらを見やった。


「フィルバート・ハルフェンバックは、大丈夫?」

「まぁ、大丈夫じゃねぇ? 夕べはどん底に凹んでグダグダしてたけど。でも最後は今まで言えてなかったこと全部吐き出した!って立ち直ってたからな。でもまぁ、さっき母ちゃんに大泣きされてたから、また凹んだかも」

「わたくし、やっぱり間違っていたのかしら」


 ぽつり、と王女はちいさく呟いた。

 ナザールは、隣で小首をかしげる。


「間違っていたって?」

「・・・お志中半でお亡くなりなって、お父様はきっと悔しかったと思っていたの。きっと東方王国をもっともっと良くしようって思って努力されていたのよ。イェルヴァ御義兄様が王位を継いで、すぐに帝国入りしたときに、すごく悔しくて、裏切り者だって思ったの。だから、わたくしが、お父様のお志を継いで、この国を、東方王国を復興させなきゃって思っていたの。お勉強だって頑張ったし、誰から見ても女王にふさわしくならないとと思って、作法もダンスも音楽も、苦手な事も頑張ったのよ」

 だけど、少し疲れちゃったと膝に顔を埋めた。

「貴方のところの殿下が、わたくしのこと"八歳で時が止まる魔法にかかったのではあるまいな"って言ったのよ」

「うん、聞いた」

「何人か、護衛や使用人や、周辺の人が笑ったように見えたの。そんな風に、わたくしは見えるのかしらって思ったら、ものすごく悔しくて恥ずかしくなったの」


 しかし、部屋に戻ったら周囲の者の反応は全く違ったのだという。


「貴方のところの殿下が、とても無礼者だって憤慨したわ」

「あー、無礼者は否定しないや」

「本来なら、帝国の王子が直接わたくしとお話ししようなんて許されるはずがないって。それに、そんなところにフィルバート・ハルフェンバックをおいているなんて、言語道断だって。・・・でも、それしか言わないの。わたくしの時間が八歳で止まったってどうして殿下に思われたのか、わたくしがどう殿下には見えたのかって誰も言わないし、考えないのよ」


 段々混乱したところに、昨日の騒ぎではっきりとフィルバートに引導を渡されたのが決定的となって、どうしたら良いのかわからないのだという。


「だけど、今までとちょっと違う事言うと大変なのよ。女官長から、護衛隊長まで出てきて、こんなことでは、お父上の遺恨は晴らせません、しっかりしてくださいってお説教されちゃうの。だから、混乱したときは一人でちょっと考えるの。他に思いつく事はしらないから、結局いつもと同じ答えしか出ないけど」

「姫さん、それダメじゃねぇ?」

「だめ?」

「だってさー。要は姫さんの意見とか全然聞いてくれないって事でしょ? ちょっとの迷いも許してくれないんでしょ? なんかさー、俺無理」


 金髪をガシガシとかいて組んだあぐらの足首をつかむ。


「俺も、フィルもカールも、いっつも迷ってグダグダしてばっかりだし、カールとはよく意見ぶつかるけどさぁ。ふらふらしながら、グダグダ皆でいろんな事言い合った方が、"これだ"って思った事が正しいって自信が持てると思うんだけど」

「そういうもの?」

「俺はねー。だってカールもフィルも頭良いし、まぁたまに信じられねぇくらい馬鹿なことするけど。二人とも、俺の知らないことたくさん知ってるから、あいつらが思う事は全部聞いてから、俺は俺の答えを出すことにしてる。といっても、最近そう思ってるだけなんだけどね」


 その時に、そう遠くない方向から、ナザールを呼ぶ声がする。


「ナージャ! かくれんぼだよ! 探しに来ないの!?」

「あ、やべ、忘れてた。ごめん~今いくよ~」

「もうーーー。どっちが鬼だかわかんないよっ!」


 植え込みの向こうから、双子の頭がひょこっとあらわれる。


「ナージャ、このお姉ちゃんとかくれんぼしてたの?」

「僕、頑張って隠れてたんだけど」

「別にかくれんぼしてたわけじゃないけど、ごめんだって」


 急なにぎやかさに目を丸くしている王女に、ごめんねと軽くわびを入れると、立ち上がった。


「そろそろ部屋に戻ろうか。姫さん、じゃあな」

「あ・・・あの」


 その後を追う様に、慌てて王女も立ち上がる。


「なに?」

「あの・・・・ありがとう」

「俺何もしてないけど、まぁいいや。どういたしましてー」


 そう言いながら、双子に手を引かれナザールはその場を後にする。



 一人残された王女は、豪奢な服の裾の皺がくっきりと残るのもいとわず、拳で握りしめた。







 


 








 


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