4-08
「なんだ!あの王女は!!!」
部屋に戻るなり、上着を乱暴に脱ぎ、椅子にたたきつけた。
いままで押さえた怒りをここで爆発させた勢いで、上着とともに椅子が倒れる。
そこで、すこしだけ溜飲がさがったスフィルカールは、倒してしまった椅子を直して上着を手に取り、ソファに座る。
「八つで時間が止まっちゃった発言はちと言い過ぎだけど」
リュスラーンはすこしだけ褒めてくれた。さすがにあの女官の態度には腹に据えかねるものがあったらしい。
「外交としては及第点。丁寧な物言いで言うべきことを言ったのは良しとしよう。外務卿もランド伯爵もかなり顔色が悪かったし、多分王女の周辺の独断だろうね。・・しっかし、あの態度はないわー、あの女官ないわー」
「自国の外交的な立ち位置を危うくしてまで、彼らは何がしたいんだ」
「まぁ、にっくき帝国の王子に一泡吹かせてやれ、位だったんじゃない? 向こうがうちの王子の俺様ぶりを把握してなかったってとこがお粗末なんだろうけど」
すこし落ち着け、と用意されたお茶が、本当に美味しくて。
ラウストリーチから同行してきた給仕役の女官を「いままでで一番美味しい!」と褒めちぎってしまい、いささか気味悪がらせてしまったのはご愛敬である。
「なんというか、王女殿下の周囲がちと問題だなぁ。フィルバートを"帝国に殺された不幸な侍官長の息子"として、王女のように反帝国派の象徴にしたいみたいだね。女官達も、帝国に親和的な王妃派と、反帝国派の王女派といるみたいだし。王妃付女官長で、当の象徴のご母堂たるハルフェンバック夫人はかなり胃の痛い立ち位置みたいだ。どちら派ということはない"仕事人間"らしいから」
「相変わらずどこからそんな情報を」
「ほら、ウチにも優秀な女官達がいらっしゃるので? あちら側の使用人でこちらに友好的な雰囲気の皆様にあれこれと」
黙ったまま給仕を進める女官はスフィルカールと目が合うと、にこりと微笑んだまま特になにも言わない。
リュスラーンは、実に楽しそうにお茶会の後半部分を思い出している。
「タダでさえ、"わたくしに無断で"帝国に連れて行かれたみたいな気分になっているのに、そこに"雪景色を見ながら馬で遠乗り"なんて仲良しエピソードぶっ込まれたら、そりゃぁ怒るよねえ」
そういえば、何やらそんな話をした気がする。
まぁ、でもね、とリュスラーンはスフィルカールのマイナスポイントを指摘することも忘れなかった。
「女性を前にして、"今は女なんか面倒くさい、男同士でつるんでる方が面白い"みたいなお話しているあたり、お見合いとしてはサイテーだけど」
「そんなもん、最初から芽が出るものか! あぁもう腹が立つ!」
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次の日、フィルバートがスフィルカールの滞在先に現れた。
部屋に通して、何か起きたのかと尋ねると、リュスラーン様に泣きつかれました、と笑う。
「"殿下大荒れ 息抜き頼む"ってメモが届くんですもん。まぁ・・・昨日のアレですからねぇ。まさに"俺様と俺様の狂宴"って感じでしたよ。わたしが御供をしますから、今日はちょっとこのお屋敷内を見てみましょうか、ランド伯にあまり王女が行かないところを聞いてますので」
「お前は、彼らにどういう扱いを受けているのか、わかってて笑うのか」
「そりゃ面倒だけど、関わらなければ害がないですよ。伯父やランド伯の手前、無理に誘拐して言うこと聞かせるって手段はまさか選ばないですしね。周囲を取り囲まれて調伏しようとあれこれ時間を取られるだけで」
いや、痛快でした、とフィルバートは思い出し笑いですこし口元が妙な形になっている。
「八つで時間が止まる魔法にかかったのじゃあるまいな、は良かったですねぇ。東方公国側でも何人か吹き出すのを我慢していましたよ。反面ちょっと怒った顔色の人もいて、貴方の発言で見事にこちら側の勢力図があぶり出された感じですよ。ランド伯が貴方の発言が気に入ったらしくて、"今日はスフィルカール殿下がゆっくり出来るように俺が良い場所選んでおいた"って・・何でしょうね、あの人」
わたしが直接言いたかったなぁ、と呟きながら、フィルバートは肩を揺らした。
大庭園は広く、整然と庭木や草木が植えられ、見事な眺めだ。随処に置かれた遠目で見る護衛は、ラウストリーチ側か東方公国側でも友好的な者かのようであり、リュスラーンとランド伯の調整の結果がうかがわれる。
そのため、スフィルカールも落ち着いて手入れの行き届いた庭を眺めることが出来た。
護衛の中には、二人の姿を認めるとちいさく手を振ってくる者もいた。ランド伯の元でフィルバートと共に見習い騎士を務めていたことがある者とのことだ。
「貴方の人気がちょっと出ちゃってましてね」
「なんだそれは」
「反帝国派って面倒くさいんですよ。帝国が絡むとすぐ"ルドルフ王の御遺恨"がとか言い出すんですもん。大体、そういうねちっこい性格じゃなかった筈なんですから、前国王様。今上のイェルヴァ様にも大概失礼な話ですよね。で、貴方は、その筆頭であり、象徴の王女殿下を"精神年齢8歳のお嬢ちゃん"扱いした挙げ句、もう一人の象徴である"悲劇の息子"とは、ちょくちょく馬で遠乗りに行くくらい仲良しですけどなにか問題でも?ってアピールを昨日堂々とやっちゃったんですから」
耳まで赤くなったのを自覚しながら、アピールなんぞしておらんと顎をそらす。
「で、お前の周辺は大丈夫なのか?」
「まぁ、見つかったら面倒くささ倍増でしょうね。伯父上がウチの滞在部屋周辺に少し護衛を増やすと言っていたので甘えることにしました。弟妹に妙なことをされてはたまりませんし」
フィルバートと話をしながら庭園を散策するうちに昨日からの大荒れ空模様な気持ちが落ち着いてくる。
まぁ、"お見合い"は破綻しているし、これで皇帝に言い訳出来る程度の事はしたよな、と納得した。
そして、早くも帰路の事に思いをはせる程度には少し気を抜いていた。
そろそろ庭園を離れて、部屋でお茶でものもうか、とフィルバートを誘ったところである。
フィルバートの視線が緊張で硬直し、スフィルカールの姿を自分の背中に隠す。
「あちゃぁ、見つかっちゃいましたかね」
視線の先には、王女と、御附きの女官、そして騎士が一人。
「お待ちなさい、フィルバート・ハルフェンバック」
スフィルカールのことは全く眼中にない紫の瞳が、怒りで燃えていた。