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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
4.亡国の王族
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4-07



 スフィルカールにとっては、あんまり充実した滞在とは言えない。

 半分は外交なので、公王が屋敷から出て街に出るわけには行かない。

 それ以外は、滞在中の部屋と部屋に付随する庭園(各部屋にプライベートな庭園があるのがこれがまた驚きだった。敷地内には滞在者の誰もが入れる大庭園もあるらしい)で過ごすしかなかった。

 フィルバートの伯父である外務卿と数度食事を共にしたのがまぁ外交の一環だろう。


 屋敷内の移動の途中で、件の"王女殿下"とやらの姿も目にした。

 お互い、そういう手はずになっていたものと見え、向こうもこちらの様子を見たのだろう。


 銀の髪に紫の瞳の持ち主で、美しい王女だとは思う。

 まだ子供ということで、公国内の貴族令嬢や夫人が集まる場所に行く機会もなければ関心も無い彼にとって、それ以上どうという感想は持ち得なかった。


 ナザールは、博物館や図書館、古書店街と毎日行くところがあって忙しそうである。

 フィルバートは最初の数日は自身の領地に関する仕事を片付けていたが、一段落ついた後は母親や弟妹達と一緒に街に出かけたりしているそうだ。ナザールがフィルバートとその弟妹と共に出かけるときもある。

 他領国の子爵で、あちらは休暇扱いとなっているため、直接会うことはほぼ無かった。

 フィルバートの様子はナザールか、彼を迎えに来た子爵家の護衛に聞くしかない。

 

 そして、この滞在の中で、一番気が重く、一番重要な日はやってきた。


「そう仏頂面にならないでくれないかな? 折角、おめかしして格好いいのに」

「お前に言われても全く嬉しくない」


 なにやらガチャガチャした服を着させられて、大変御不興を被っている様子のスフィルカールに対して、リュスラーンはいつもの薄ら笑いを維持している。

 ナザールは、「あ、今日お見合いなの? 頑張れよ」と大変他人事のセリフを残していつものように出かけていった。今日は総合図書館で調べ物をするらしい。


「俺は他の護衛と一緒にちょっと距離を取って控えているし、向こう側もハルフェンバック卿が護衛の一人で参加しているということだから安心してよ」

「何故、あいつが王女の護衛役なのだ。休暇中だろ?」

「何れ東方公国中枢の近衛騎士あたりにねじ込もうってハーリヴェル公爵やランド伯爵が狙っているなら、まぁアリな配置じゃない?今のところ、彼はランド伯あずかりの爵位持ち騎士ってだけだからね。俺ならこの機会にちょっとアピールしておくな。"俺の弟子、如何どう?"って」


 いずれ、国に帰る異国人

 帰った先でも、異境の者

 それがわかってそういう進路を示しているのだろうか、彼らは

 いや、わかっていても、それが"ハルフェンバック子爵"にとって最善だと思っているのかも知れない。

 

 ・・まぁ、東方公国の近衛騎士なら、出世株だろうな。


「ま、とりあえず今日を乗り切る」


 あきらめ全開、といった表情に、リュスラーンは相変わらず笑顔だった。


「うん、頼むよ。殿下」



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 お見合いと言っても、結局は唯だの茶会である。

 そこに至るまでには、互いの領国の沽券や矜持をかけた様々な駆け引きがあるはずだが、それはリュスラーンと女官達がどうにか上手くやったのだろう。

 己は、まな板にのせられた肉や魚のように、なすがまま、言われるが侭に王女の相手を務めれば良い、という認識でスフィルカールは臨んだわけである。


「スフィルカール殿下は、普段どのような御本をお読みになるのですか?」

「・・・古典も読むが、詩文よりは歴史文学の方が読み進めるのが早いやも知れませぬ」


 給仕に立つのは、王女付きの女官長とのことで、その者が煎れたお茶と両国から用意した茶菓子が並ぶテーブルで、王女と差し向かいで卓についている。


「まぁ、帝国の歴史を綴った文学はさぞかし猛々しいものでしょうね」

「東方公国の故事も読むが、所詮物語だからさほど変わらぬと思いますが。150年前の東方王国と砂漠との宗教戦争の記述は帝国西部の文学に影響を与えたという研究もあったかと。古より学術の交流が盛んだったとの証左として随分典型的なお話ではございませんでしたか?」


 先ほどから、王女は一言も口を挟まずに、この女官長がずっと喋っている。

 直接口をきくほどの価値はないと、言われているようだが、これを許している王女はともかく、東方公国側の重鎮はどうかと思う。

 この様子はリュスラーンがあとで激怒するだろうな、と面倒くささで気が遠くなりそうである。


「・・・随分と、あちこちの読み物を御手になるのですね」

「優れた古典に西も東もないと、言われて育ちましたので」

 女官長が、節操がない、とでも言いたそうだったのを次の言葉で控えさせる。


 早く終わらないかなぁと思いながら、チラリと王女の護衛達の姿を認めた。

 東方公国軍の制服に身を包んだ"ハルフェンバック子爵"が硬い表情でこちらをじっと見つめていた。

 やはり、顔立ちや瞳の輝き方が、他の護衛とは雰囲気を異にした。


 随分と無表情だ、と感じる。

 いつもなら、黒い目がいろんな表情を映すのに。

 あの位置は、あまり居心地がよくはなさそうだとも思った。


「では・・・」

「すまぬが」


 女官長が何かを続けようとしたのを、スフィルカールは制す。

 紅茶のカップを皿に置いて、卓の傍らに立つ給仕役に困ったような笑みを見せた。


「わたしは、王女殿下とお茶をせよ、と言われて来ている。殿下も、ある程度両国の友好的な外交関係を明示するに問題が無い程度の行動はせよ、と言われてきているのではないのか?」

「・・・な」

「そなたの独断なのか、王女の指示かは知らぬが」


 そこで、どうにか今まで無表情までは維持出来ていたよそ行きの顔が崩れた。

 不遜な表情で王女に対峙する。


「自分の気に食わぬ相手なら何をやっても良いというのが東方公国の常識だと言うことなら、随分と面白い国だな」


 女官長は、唇をかみしめて黙り込んだ。

 王女の顔が、すうと色をなくす。

 傲慢さをたたえた紫の瞳と、すこしそらした顎が、王女の性格を端的に現していた。


「・・・・ハルフェンバックがどうして貴方の国にいるの?」

「貴国の外務卿に聞けば宜しかろう」


 口を開いたかと思えば、何を言い出すのか。

 すげなく返して、スフィルカールはお茶で口を湿らせた。


「彼に何をさせているの?」

「何をというか、普通に学問や剣術を。あぁ、昨年の冬は散々馬で連れ回された。雪が降り積もって誰も踏み入れていない所を馬で進むなんて、東方公国でも草原でも出来ない事らしいな。おかげで風邪を引く暇すらなかった」


 そこでカチャ、と茶器が音を立てたことに気がつく。

 カップの持ち手に力が入り、皿に音を立ててしまったらしい。

 マナーを失したことに気がついていないのか、王女の顔が硬直している。


 これは怒りなのだろうかとスフィルカールは思った。


「彼は"レオニード"の息子よ。帝国にいるべきではないわ」

「誰の息子が何処にいようが、家族でもない赤の他人が口を挟むべきではない。そもそも当国も貴国も"帝国"の一部であろう。彼は、彼自身のために当国にいる」

「わたくしが"ルドルフ王の王女"であるなら、彼は"侍官長の息子"なのよ、帝国の王子と遠乗りなんて、許されるはずが無いじゃないの」


 ・・・誰に?


 何を言っているんだこの王女は

 本当に、正直に、スフィルカールは目の前の令嬢が何をお怒りなのかとんと検討が付かない。

 そのため、すこし呆れたような色が声に混じるのは、リュスラーンも許してくれるだろう。


「誰が許す許さないを決める案件なのか、さっぱり検討が付かぬ」


 さらに、"うっかり"口を滑らせた。


「そもそも、貴女は"イライーダ殿下"であり、彼は"フィルバート"だ。すまぬが、御歳はわたしと同じだと聞いているが。まさか齢八つのお嬢さんのまま時間を止める魔法にでもかかっているのではあるまいな?」



 少々言い過ぎたかも知れぬ。


 しかし、反省も後悔も一切しない。


 
















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