4-06
双子の弟妹の護衛、ということで子爵家から付けられたのは7歳年上の若い騎士であった。
フィルバートの守り役として兄弟同然の様に育っているとの事である。
「草原の出身なの?」
双子がしっかりと手を繋いで前を歩いている様子を見ながら、隣を歩く騎士にそんな話を振ってみると、彼はいえ、と否定した。
「わたしは、孤児なんです。5歳の頃に公都の隅っこでレオニード様・・・先代様に保護されました。公爵家付きの騎士の家に養子にしてもらって、数年前に子爵家の騎士になりました」
「え? 元孤児なの?」
急に親近感が湧いてきたナザールに、同様な思いを感じていたのか、騎士は微笑む。
「フィル様から、貴方のことを聞いて、是非にお話ししたいから護衛にしてくれと申し出ました」
「うわー。そんなこと言われるとちょっと緊張するなぁ。俺はナザール、ナージャで良いよ。名前は?」
「ダヴィド・レーンと申します。ダヴィとフィル様には呼ばれています」
「あ、ダヴィ。敬語も敬称も無しでいい?」
「ナージャが構わないなら、勿論」
子供達は、後ろを振り返りながら楽しそうに魔法都市の町並みを歩いている。
その金の髪を眺めながら、ダヴィドは安堵の表情を見せる。
「一年ぶりに会ったフィル様が、すごく明るいのが嬉しくて。先代様が亡くなってからあまり表情を表にお出しにならなかったので、きっとラウストリーチ家でのびのびされているのだろうなと、ちょっと安心したんだ」
「・・・やっぱり、フィルに対して"異国人"って扱いがキツいの?東方公国では」
そのものズバリの質問に、ダヴィドは苦笑いをした。
「そうだね。奥方様や公爵様の目もあるし、表だって言う者は少ないけど。・・何せ先代様にそっくりでフェルヴァンス人の特徴が出てしまっているので、そういう意味ではクラウス様達より辛いこともお有りかも」
東方人らしい容貌の弟妹を見ながらダヴィドは、ほう、と息をついた。
「奥方様も、公爵も伯爵も、フィル様のご様子にご安堵なさっていたよ。今はラウストリーチ家のほうが環境が良さそうだって」
「まぁ、のびのびしすぎて、たまーに摂政閣下に大目玉食らってるけどな」
「やっぱり? おとなしそうに見えて実際は考え無しのやんちゃ坊主だからね。先代様や草原のお爺さまにもよくどやされてたよ。なにせ、"とりあえずやってみる"で結構危ないことするから」
「わかるー! そのあと、"そういう無茶ができるなら手加減無しで良いよな?"って剣術指南役の騎士にぎったぎたに打ちのめされてメシ食えなくなるまでがお決まりの流れ!」
おもわず腹を抱えて爆笑したナザールに、ダヴィドはクスクスと笑いをこらえきれない様子だ。
「もっと色々聞かせてくれる? 奥方様達には内緒にしておくからさ」
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図書館、という存在を見るのは初めてではないけれど。
これは桁違いだとナザールは思った。
「ラウストリーチ公国にも図書館はあるけどさ」
「この規模は東方公国にもないですよ。・・・・これ、専門図書館でしょ?総合図書館でなくて」
ダヴィドの言葉に、総合図書館とやらは一体どれほどの規模なのだろうかと、ナザールは果てしない想像を巡らせた。
「総合図書館、ってのも気になるけど。まずはここからだな」
「あ、一人で行く?」
気を使った言葉に、ううん、とナザールは否定する。
「その内、調べ物したいときはちゃんと言うから。今日は一通り中を見ようよ」
魔術系の専門図書館、と言うだけに魔法書の数は圧倒的であった。
子供の入館は拒否されるだろうかと内心緊張したが、子供でも魔法使いの監督者がいれば問題がないということで、ラウストリーチ公国所属の魔術師見習いであることを示す指輪を所持しているナザールがいたおかげですんなり解決した。
「すっげーなぁ・・・・・」
「さすがに、魔法研究の拠点ともてはやされるわけだ。近くの本屋街も充実しているし」
じっ様から、興味が出た本は全部買えって言われたけど。
なるほど、ロズベルグからそれなりの金子を渡されているわけだとナザールは首肯する。
「そのうち古書店にも行かないと」
「あ、奥方様から児童向けの魔法書を探すように言われていたっけ。ナージャが手伝ってくれると嬉しいんだけど」
「勿論。一緒に行こう」
スフィルカールとは打って変わって、ナザールにとっては忙しい期間になりそうである。
子供達は、見上げる高さに並ぶ本の背に、圧倒されっぱなしだ。
「ナージャ、本がたくさんある。父上の本より多いよ?」
「ナージャ、これ全部魔法書なの?」
「あぁ、そうだよ。大事な本ばかりだから、見たいときは俺達に言えよ?」
周囲の静けさに倣って、そうっと密やかに子供達に注意をし、クラウスの手をしっかりとつかむ。ダヴィドはルドヴィカの手を握っているのでそれぞれが眼をはなさいように気を配る体制ができている。
図書館の内部は三階建て、いくつかの閲覧室と書庫に分かれていた。
最新の魔術研究書が配架される閲覧室
古典的研究書や魔術師としての必須の教養に関する図書が収められている書庫
各国や都市で禁書となり、もうここでしか閲覧出来ない特別書庫、など
まだ、読むには辛そうな本ばかりだ。
眼がチカチカするような難しい用語。
しかし、胸の奥がなんだかドキドキする。
・・・なんか、すごい。
ロズベルグ翁がリュスラーンとシヴァに直に申し出てまでここに行かせたかった理由がもうわかる。
この街の、この中で、一日中魔術のことだけ考えていた時間が、彼にはあったのだ。
古い本の装丁はなめした革が艶やかで、見返し部分のマーブル模様が美しい。
すこし匂いを嗅ぐと、少しカビや埃っぽい匂いに混じって、インクや紙、革の香りが鼻腔の奥いっぱいに広がった。
「ナージャ、あそこに子供用の魔術書ばかりが収められているところがあるよ」
図書館の1階の奥、すこし奥まったところの部屋の表札を見つけたダヴィドの声に、ナザールは期待に満ちた気持ちを抑え、双子を連れて近づいてみる。
この部屋の内部では子供達が多少声を出しても問題ない、と注意書きがされている。
部屋の作りもそのような配慮がなされているようで、入口は重い扉で閉じられている。
双子にゆっくりと扉を開けさせて、中をそうっと覗き込む。
「・・・わぁーーーーー」
「綺麗なお部屋ーーー」
クラウスとルドヴィカが思わず飛び込みたくなる空間がそこにあった。
あまり高くない天井に
あまり高くはない書架
艶々で暖かい木の机と座り心地の良さそうな椅子。
ソファでゆっくりと本を開くこともできる。
銀や青色の筋がきらきらとあちらこちらを動いているのは部屋に魔法の仕掛けでもあるのか。
暖かく、明るいこじんまりとした、閲覧室である。
「ここの本、片っ端から見てみようぜ」
「いいね。クラウス様達が興味を持ちそうな分野が確認出来る」
ふと、入口近くの壁に掲げられた金属のプレートに気がつく。
そこには、次の文面が刻み込まれていた。
"ようこそ、幼き同胞へ
ここは魔術のための部屋
魔術の事を考えるためだけの部屋
何れ君たちが長じても、この部屋がすべての者に開かれていることをゆめゆめ忘れるな
魔術は、すべての者に、その力に応じて、平等である"