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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
1.呪われし王子と闇の魔術師
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1-5

 夜は、しんしんとして虫の音すら聞こえてこない。

 建物は、古びてはいても内部は清潔に保たれている。

 シーツもさらりとしてさわり心地が良い。

 用意された寝台に座り、スフィルカールは与えられた夜着を広げる。

 部屋の扉がノックされる音がした。

 顔を上げ、部屋の入口方向に声をかけると、少し開いた隙間からウルカの顔がこちら側に見える。

 どうやら着替えの途中の様子に、失礼と彼は扉を閉めかけた。

「後にしようか?」

「いや、そちらが良ければ私は構わぬ」

 ウルカの言葉に返しながら、衣類を頭からすっぽりとかぶる。

 さらりとして肌触りが良い布地だ。思わず布地に顔を押し当て、思い切り吸い込む。

 日の光をたくさん浴びたようなにおいがした。


"洗いたての衣類の香りは初めてか?"


 するりと目の前を文字が躍る。

 目の前に現れた男は、昼間とは違い、深くかぶったフードを取り払っているので顔の造作がよく見えた。

「そういうわけではないが、あんなふうに干してあるのを見るのは初めてだ。なにやら、衣類が気持ち良さそうに見えた。・・・お前、そういう顔なのか?」

"どういう顔だと、今まで思っていたんだ?"

 流れて来た文字をよみとり、服をきちんと着替えようとスフィルカールは肩を動かす。

 「もっと、いかつい顔だと思っていた。・・・案外、優男の部類に入るんだな。」

 黒い髪がほんのゆるい癖をもって頬に影を作っている。

 堅く閉じられた眦がすこし切れあがっているのが涼しそうな印象を与えている。

 口元や鼻梁もすっきりとしている。

 ・・リュスより多分若い。20代の半ばくらいか?


 ちろりと、男の様子を確認しながら、脱いだ衣服を広げる。

 着替えをすませ、衣類を綺麗に畳んでいる姿をウルカを通じて見た男は首をかしげた。

"・・・君は、自分ひとりで着替えができるんだな"

「リュスラーン・・・。さっきお前にわたしを頼むといった男が、大概の事は一人でせよと言うから、子供の頃から自分の身支度くらいはできる」

 こともなげなセリフに男の口元はすこし笑うような形を作った。

 "そうか。"

 男は、そう言いながら、向かいの寝台に腰かけ、にっと笑みを見せた。


 "少し、君と話がしたいんだが、良いかい?"

「ああ、構わぬが」

 何だ?と首をかしげたスフィルカールに、固く閉じた瞳でもそれとわかる緊張感のある顔で男が文字を空に刻んだ。

"あの二人は、君とはどういう関係なんだ?"

「私の家に仕える者だが、それが如何した?」

"本当に味方なのか?"

「・・どういう意味だ?」

真意をはかりかねて首をかしげると、男はきゅうと眉根を寄せた。

"・・・今日、私が触れようとした時に、君は急に緊張したね"

「そ、それは・・まぁ、顔の文様に少し驚いただけで」

すこし、視線をそらしたが。

相手がじっとこちらを見据えている気配に、自然と相手を窺うような表情になった。

"顔を見た瞬間は大して驚かなかったのに?"

見えていないはず瞳がこちらを静かに見つめる。

「えと・・」

"触られそうになると、あんなに表情が硬くなるのかい?"

「・・・」

顔を見ていられないのでまたそっぽを向く。

「・・・なぜあの二人から引き離したのかようやくわかった」

金の瞳の少年がため息をついた。

「え?」

スフィルカールの声が驚きで高くなる。

「私を一人にするためなのか?」

「良いところの坊をわざわざ泊めるなんて妙だと思ったんだ。何か理由があるのだろうと思ったら、そういうことか」

「どういう意味だ?」

"私が知る範囲で、大人に触れられそうになると君のような反応を見せる子供がたまにいる。原因が親兄弟のような身近な者の場合もあるからな"

「違う!」

 思わず大きな声と共に寝台から立ち上がった。

 自分でも驚く程の声に、立ち上がった瞬間口を押さえた。


「・・・・」

 二人にじいと見つめられ、胸に手を当て息をつくとストンと寝台に腰掛け直す。

「断じて違う。幼い頃からの腹心を疑われるのはさすがに不愉快だ」

"それは、大変失礼を"

 するりと、謝罪の言葉が流れてくると共に、詫びる姿が目に入った。


その姿に、スフィルカールの内側に鍵をかけた部分が少し緩む。

 自らの両の手がぞもぞと動く。

視線をあちこちにさまよわせる。

 そうやって暫く逡巡した後で。

 スフィルカールはぽつぽつと切り出した。

「・・・・最近、ここ一年程だが。私の呪いを解くために、皆があちこちで名のある魔術師を探してきてくれるのだ」

"そうか"

「大体はこの機会に私の家に取り入ろうと自分の功績を語るのに一生懸命な者が多かったのだが。一人、様子が違う者がいて、その者が来る日は不安で、嫌だった」

「・・・うむ」

「勿論、リュスやフェルナンド・・あの二人や、家に仕える魔術師も同席するので大した不安ではなかったが。たまに彼らの目を盗んで、手やら腕やらに触れてくるのが無性に気持ち悪くてな。そろそろ、次に会ったら剣でもチラつかせてやろうかと思っていたのだ」


"・・・どうして、彼らにそれを言わなかったんだ"

 その言葉に、スフィルカールの視線は床に向けられる。

「・・・相当苦労して魔術師を探しているのはわかっていたから」

 男と少年のため息が同時に深く聞こえてきた。

 彼らの顔を見られないまま、うつむいて話を続ける。

「私は家の当主だからな。あちこちで評価が高いと言われている者を、簡単に罷免すればあやつを私に推薦した者や、良い評判を証言した者・・・いろんな者に累が及ぶと思ったんだ。評判を覆すような理由が、私の個人的な不快感だけでは弱いと思って。事実、初めて会った時はとても人の良い者に見えたんだ。リュスやフェルナンドも優秀な魔術師を見つけたと喜んでいたし、きっと私が神経質になっているだけだと気にしないようにしていた」

そこで、しばらく沈黙する。

ふと視線を上げると、男の顔が目に入る。

すうっと今まで自らの内側に閉じこめていた不安が消えたのがわかる。

やはり、昼間に街中で見せていた下卑た笑みは作り物なのだと、確信できた。

"よく話してくれたね。ありがとう"

優しい笑みに、何やら急に胸の奥が締め付けられた。

「・・・リュスやフェルナンドに話すのか?」

"私に任せてもらえるかな?折を見てその魔術師を遠ざけるように彼らにはかってみよう"

そこで急に思い出すとともに、強気な表情が戻る。

「お前が私の家に任官すればすむ話じゃないか。そもそも、そのために私は付いてきたんだぞ。これではだまし討ちではないか」

「・・・・汝、忘れていたな」

呆れたような少年の声に街の術者は苦笑しながら軽く後頭部をたたく。

"そう言えば、そんな話になっていたね"


「そう言えば、ではない」

 不服そうな表情を見せた所で、部屋の扉がノックされた。

 男とウルカ、双方に視線で了解を得ると、どうぞと声をかける。

「あ、師匠、ウルカ、やっぱりここにいたんだ?」

「ナージャ。どうしたんだ?」

 孤児のまとめ役を任されているらしい少年の姿に、ウルカが首をかしげる

「・・なんかさ、こいつらが新入りとお話ししたいって騒ぐから・・」

 申し訳なさそうな声に続いて、少年の体に割って入るように数名の子供が部屋に飛び込んでくる。

「あれ? ウルカと先生もお兄ちゃんとお話ししに来たの?」

「ずるい~」

「あたしもお話ししたいのにー」

 年の頃は4~5歳か。

 年端もいかない子供達の甲高い声に、スフィルカールは目の前に星がチラつくような衝撃に思わず胸を押さえた。

「ねえねえ、お兄ちゃんもお家ないの~?」

「ご本読める?」

「絵本読んで」

「ちょ、ちょ、ちょっと待て・・」

 周囲に群がられ、勢いを処理出来ない。

 無邪気に群がる子供に困惑するその様子に、男はにんまりと笑みを浮かべた。

"そうだ、今晩ここで君は彼らに絵本を読んで寝かしつけてくれるかな"

「は!?」

 冗談じゃない。今までこんな生き物と共に過ごしたことはない。

 今日一番焦った顔に、少年の金の瞳が細められ、今日一番の笑顔を見せた。

「あ、それは良い。寝台を二つつなげば広く使えよう。ほれ、ナージャちと手伝え」

「あ、ああ」

 少年二人であっという間に二つの寝台を並べると、男を促し、さっさと部屋を後にする。

「わっ! ちょっと待て・・」

「ではな、頼んだぞ。言うておくが、一回読んでやってポイでは終わらぬからな。彼らの気が済んで寝る気になるまで頑張れ」

去り際に、これまたとんでもないことを言い置いて扉が閉められた。


「・・は?」

むなしい音を立てた扉を見つめ、スフィルカールは途方に暮れる。

だが、自らの袖を引っ張る小さな子供のきらきらした瞳のまぶしさに、文句も言えない。

「お兄ちゃんお名前は?」

「・・カール」

 渋々答える。

「じゃあ、カールはここね。ここに座って」

 ポンポンと勝手に座る位置を指定される。

 両脇を子供達にきゅっと密着してすわりこまれ、身動きもままならない。

「えいゆうのお話読んで。僕大好きなんだ」

「あたし神様の絵本読んで欲しい」

「・・ぼく、ふしぎないきものの本・・」

 それぞれがぎゅっとお気に入りの本を抱きしめている。

「・・・・」

 どれか一つにしろとはとても言えず、スフィルカールはとりあえず一番近くにすわる子供の絵本を取りあげるとそっと開いてやることにした。 






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