3-12
次の日は、かなり忙しかった。
前日の現場を再確認して検証すると共に、子供の自宅に向かい、母親を"保護"した。
名付けがされていない魔法使いの母は、これまで世間一般的にあまり良いとは言えない生き方だったようだと、後で聞いた。
そして、生まれた子供も魔法使いで。
名付けもされず。
闇に取り込まれた。
どうしようもなく重ったるい気持ちを抱えたまま、その日の仕事に一区切りつけたフィルバートが馬を馬房に戻そうと連れてきたところで、ベンチに座っているスフィルカールを見咎めた。
「まだ寝てないと」
「もう、良い」
「冷えますよ?」
「大丈夫、すぐ戻る」
つん、とスフィルカールはそっぽを向いている。
少し、いらだちを覚えたフィルバートは制服の上着を脱ぎ、やや乱暴とも言える仕草でそっぽを向いた頭に放り投げる。
突然、ぼふっと何かが覆い被さった為に、相手は驚きで膝が浮いた。
「大丈夫じゃないです。それ着てください」
そのまま、背中を向けて馬の装備を解きはじめる。
一通り馬の手入れをする様子をスフィルカールにじいと凝視されているのが気配で感じ取られ、自然と緊張で背中が固まるような気がした。
「・・・フィル」
まだ、不安定な声色に、まだ体調が悪いのではないかと急に不安を覚えた。
しかし、面と向かって言えないので、背中を向けたままやや乱暴に言い放つ。
「だから、まだ寝ていないと・・」
「ごめん・・・先だっては嫌なことを言った。謝る」
振り向くと、黒い髪の間から見える青い瞳とぶつかった。
開きかけた口を閉じる事もできず、そのまま硬直する。
「・・・八つ当たりをした。"異国人"なんて、本当は言いたくなかった」
その真摯な青い眼のまっすぐさに耐えられそうもなく。
視線をそらして、耳の裏を少しかき、どう答えるか迷った挙げ句に。
フィルバートはやや乱暴にスフィルカールの隣に座った。
隣に座っても、視線を合わせず、しかし正直に答える。
「いえ、私も嫌な言い方をした自覚があるので。売り言葉に買い言葉かと」
少しの間、お互いに何も言わずに、こちらを見つめる馬の目だけがすこしきょろきょろと動くだけの時間が過ぎる。
「私は、4分の1しか東方公国の人間の血が流れていないんですよ」
その沈黙に堪えられなくなったフィルバートは、思い切って口を開いた。
「草原の民の部族長と公爵家の娘の間に生まれた母と、フェルヴァンス人の父で。だから、東方公国にとっても、草原の民にとっても、私は4分の1しか血が繋がっていないんです」
どちらにしても、異国人ですよね、と自らをそう定義する。
「ですけど、子供の頃は、全然自覚がなかった。領都は草原の民と東方の人でごった返してて、混血も多いし、草原地帯を東に西にと動き回る荒っぽい部族の人々には、それこそフェルヴァンス人なんか珍しくもなんともない存在でした。だから、東方公国の公都で、中枢を担う人々からぶつけられる視線や距離感で初めて私が"異国人"であることに気がついたんです」
手遊びをしながら、考え、考え、整理する。
「だからか、"自国人中の自国人"であるカールが、自分が公王である意味を考え込んでいるのが、ちょっと不思議で、すこしいらだちました。・・・だって、"皇帝第四王子"なんですから、一も二もなく"この国の王の筋"の筈で、それは皆が露ほども疑わずにいることなのに、どうして悩むんだろうと。なので、結局どこに行っても"異国人"の私には、他国王のことでなにも言えることはない、と自分で言ってしまいました。・・私の発言も、意地悪でした。すみません」
ようやく、フィルバートはスフィルカールの顔を見て、言えることができた。
「まだ、自分が"この国の王である意味"がわからぬ。昨日の今日で、さらにわからなくなった」
すこし肩も袖もあまる制服から見える指先を見ながら、スフィルカールは肩を落とす。
「あの子供と私はどこが違うか。・・ナージャが、シヴァに出会わなかったら、ああならなかったと言えるか? 誰しも、あの子供と変わらぬ境遇になりうる可能性はある。・・・・その子供の命と引き換えにしてまで助ける価値が、私にあったか」
そう、自問しているかのようなつぶやきの後で、スフィルカールの顔がフィルバートの方向に向けられた。
「わからぬが。せめてあの街の親父達が"今の王は一体誰なんだ"って気になる程度の"悪い国"には、したくない。今は、その程度しかわからぬ」
スフィルカールの顔を見返して、フィルバートはふうと息をついた。
「じゃあ・・・もうこの件はおしまい。まだこちらの仕事はあるんですから、部屋に戻・・・カール?」
立ち上がることを促そうと触れた上着越しの背中の冷たさに、自分の声がさらに冷えていく。
「いつから、ここで待っていたんですか?」
「別に、待ってなどおらぬ。自意識過剰め。・・すこし、馬を眺めていただけだ」
「少し?」
念を押すように確認をすると、するりとかわされる。
もういちど確認する声が、さらに低く冷たくなっていくのは絶対に自分のせいではない。
「すこし!?」
「・・・・半時くらい、か」
ばつの悪そうな顔で白状しついと視線を背けたスフィルカールの手首を、フィルバートは問答無用とつかみ、引っ張り上げた。
「貴方、馬鹿なんですか!!」
「わわ・・・」
そのまま有無を言わせずぐいぐいと力任せにスフィルカールを連行し、屋敷にいたナザールに引き渡し続いでに告げ口をした結果。
「おっまえな、昨日あれっ程消耗してたの、自覚がねぇのか!! あぁ!? この季節で、薄着のまま厩で半時ぼけーっとしてただぁ? ばっかじゃねぇの!? てか、ばっかだろ!! これで風邪引いたって知らねぇぞ!! さっさと寝ろ!!」
まぁ大変ご立腹のナザールに、寝台に押し込まれた挙げ句に、説教を盛大に食らったスフィルカールを、いい気味だとフィルバートは思った。