3-11
ここは、どこだろうと思う。
ふわふわと、何かにのせられている感覚だ。
先ほどから、ずうっと、ゆらゆら、ふわふわと動いている。
居心地が良いような、悪いような。
カール、遊ぼう。
遊ぶ?私と?
どこからともなくかけられた声に答える。
うん、遊ぼう。ここは、なーんにも、苦しくないよ。
苦しくないか。悪くないな。
私が公王で良いかどうかなんて、誰も言わないし。
私が、こんなに何も出来ない子供であることをとがめる者も無い。
護られるだけの子供であることに、歯がゆさを覚える事も無い。
そうだよー、遊ぼうー
ああ、でもしばし待て
スフィルカールは、少しだけ自分の頭の中がはっきりするのを覚える。
謝らないと。
フィルバートに
・・・"異国人"だなんて言うつもりはなかったんだ。
謝らないと。
ナザールに
心配をかけてしまったんだ。
いつも、二人が居てくれて。
居心地良くて
公王だから、と言わないし。
王子だから、とも言わないし。
カールだから、しょうがないなって言ってくれるんだ。
・・・彼らの"楽しい"を私にも感じて欲しかったんだ。
だから、帰らないと。
帰るんだ。
済まないが、わたしは君とは行けないよ。
・・・・つまんない、もうちょっ・・・
そこで、声が途切れた。
「カール! カール!!」
ゆさゆさと肩を揺さぶられているのがわかる。
うっすらと意識が戻って、瞳を開ける。
「・・フィル・・・?」
「カール!!」
フィルバートの真っ青な顔。
そんな必死な顔をして、どうしたんだ?
ゆらりと手が伸びて、フィルバートに抱きつくように体を預ける。
自分より、もうすこし広い肩に自分の頭をのせた。
寄りかかって、スフィルカールは覚醒しきれない意識の中で一番言いたいことを告げる。
「フィルバート・・・"異国人"って言ってしまって、ごめん・・・」
「今そんなこと如何だっていいじゃ無いですか!!」
なんどか名前を呼ばれたような気がしたけど。
もう聞いていられない位に安心してしまって。
スフィルカールは、また意識を手放した。
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次に目を覚ましたときは、屋敷の寝台の上だった。
見慣れた天井と同じ雰囲気の違う物を見つめて、現状を今ひとつ理解し切れていないでいると、その顔を覗き込む碧眼に気がついた。
「よかった・・・・、気がついたな」
「ナージャ・・?」
そのまま、起きるな。
身を起こそうとしたところを遮られ、手を取られる。
脈を確認され、じいとこちらの目を見つめられた。
目、というより、その奥側のようだ。
「大丈夫みたいだな。あとで師匠にちゃんと診てもらおうな」
「・・私はどうしたんだ?」
状況が把握出来ていない様子に、ナザールは取った手を毛布の下に戻しながら説明する。
「うん、あの例の子供。闇に随分つけ込まれていたらしくて、カールを引きずり込もうとした。お前は、あの子に一回連れて行かれた。で、フィルがウルカに乗って追っかけて、取り戻した」
「そうか・・・、あの子供は?」
その言葉に、ナザールは至極悲しい顔を見せ、首を振った。
「もう、どうしようも無かったんだ。ウルカと師匠と、最終的にはオッサンが判断した。・・・フィルが、実行した」
「・・・そうか」
「フィルを、責めるなよ? オッサンが、自分の名にかけて、"フィルバート・ハルフェンバックが他領国の民に手にかけたという誹りを受けぬようにする"って誓ったんだ」
・・・どうして、私を生かすためにそこまでしたのだろう
天井を見つめて、瞳にたまる何かをこらえる。
「フィルは・・?」
最後の意識の中で蒼白だった顔を思い出すと、ナザールは勘弁してくれよ、とうんざりした顔を見せる。
「あいつさ、お前が心配みたいで近くをうろちょろするし、邪魔なんだよ。明日もいろいろ現場の確認だとかで忙しいだろうからさ、さっさと寝ろって言ってんのに、うざいったらありゃしねぇ。最終的には、"自分で部屋に戻ってベッドで寝るか、俺に強制的に魔法で眠らされるか、どっちか選べ"って言ったら、ようやくおとなしく部屋に帰ってった」
しおしおと部屋に戻る姿を想像して、くすっと笑みをこぼす。
その様子にようやくナザールも安心したようだった。
「・・・ま、すこし寝てろ」
「うむ・・・。皆に迷惑をかけてしまったな」
「気にするなって。お前が無事なのが一番だって」
そう言いながら、ナザールはそうそう、と顔をくしゃりと崩した。
「帝国騎士って、メッチャクチャ格好いいんだな!!」