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フェルナンドの声が悲鳴に変わり、リュスラーンの声が慌てた。
「カール様!!」
「おいおい、いきなり・・。」
「わたしに仕え、わたしを守れ。・・今の暮らしより格段に良いだろう!?」
"・・・・・・断る"
すげない声が響き、スフィルカールはずいっと詰め寄った。
「何故!?」
"へこへことつまらん連中に頭を下げるより、ここで、こうやって金持ちから金を踏んだくる方が楽だ。それに、わたしひとりの待遇が良くても意味がない"
「あのウルカも一緒に雇う! 家族がいたらまとめて面倒を見る!」
"ウルカは雇いようがないし、わたしにはお前の思うような家族がいるわけではないんだがな・・・・"
途方に暮れたような声が頭に響いた。
スフィルカールはぐっと唇をかみしめ、見えるはずのない男の目をにらむ。
静かに、彼は男に聞いた。
「なら、条件を言え。お前の言う条件に此方が対応できなければあきらめる。」
"・・・・・。"
しばらく、見えるはずもない、堅く閉じた瞳がこちらの目を凝視したような気がした。
すくり、と男が立つ。
華奢な体躯、だが随分と高い。
くるりと踵を返し、男は歩き出した。
スフィルカールは慌てて立ち上がると声を高くする。
「おいっ。まだ話は終わっていないぞっ。」
「ついてこい、ということだ。」
少年の声が、そう告げ、男の後に続いた。
「カール様、帰りましょう。如何わしいにもほどがあります。」
「そう思うならお前達だけで帰るが良い」
フェルナンドがスフィルカールの肩をたたき、帰城を促すと、軽く振り払いながらスフィルカールは後に続く。
「え!?ちょっ・・お待ちください!!」
「・・言い出したら聞かないからな。仕方ない。」
騎士は慌てふためき、摂政は深いため息をつくと、続いた。
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男は、街の奥へとすすんでいく。
目が見えていないというのに、どういうことか、すっきりとした身のこなしは隙がない。
するすると、惑うことなく、目的地へ向かっているようである。
「カール様、戻りましょう。もし、何かの罠だったら・・」
「そのつもりがあるなら、とっくに術をかけているはずだ。」
騎士の言うことにはまったく耳を貸さずに、スフィルカールは後を追い続けた。
「まぁー・・・その通りだな」
さらに後ろをのんきな様子でリュスラーンが続く。
男は、街の奥のさらに人気のない場所へと進むようだった。
そこから先は、人の口にすら上ることのない地域だ。
周囲を見回し、リュスラーンは眉根を寄せる。
「おいおい・・・大丈夫か? このあたり・・」
「・・カール様、ここから先はまともな人間が出入りする場所ではありません」
「うるさいな。帰りたければ先に帰れ」
スフィルカールは全く聞く耳を持とうとしない。
二人は、顔を見合わせ、軽くため息をついてそのあとは何も言わずに付いて行った。
建物の間を抜けるように進んだ後、急に明るい場所に出る。
しばらく、視界を遮り、目をならしたスフィルカールは男の顔を見上げた。
「・・ここは?」
『ここが、わたしの住処。此処にいる者が、わたしの友であり、家族だ』
ウルカの口から、男の言葉が飛び出す。
男がさした方向の光景に目をむけ、スフィルカールは思わず、一歩後ずさった。
火傷でただれた手。
切り落とされ、先のない足。
奥の方には全身に包帯が巻かれた者や頭から深く黒い布をかぶったものがいる。
何事かつぶやきながら、壁をひたすら叩き続ける者も見えた。
「・・・この者達は・・・?」
「病院・・?」
「カール様・・・この者たちは、死病に侵されたものですぞっ」
近寄ってはいけません。フェルナンドはスフィルカールの腕を掴み、後ろに下がろうと促す。
"此処にいる者は、皆、戦で大きな怪我を負ったり、重い病に冒されている。・・・わたしでもどうにもならん。"
するすると、男の指が空で踊り、三人の目の前に文字が流れてきた。
"わたしが施している術は、本人の魂や生命に直接呼びかけて、そのもの力を少し増幅しているだけに過ぎない。それが尽きた手おくれの者には、あとは死だけが待っている。"
「あっ。先生。おかえりー。」
「先生、ウルカ、御帰りっ。」
「おかえりーー。」
「御帰りなさい先生。」
横から、子供が何人か飛び出し、男に飛びつく。
男は、その子供の頭を一つ一つなでてやっている。
「あ、師匠! 御帰りっ。」
一番年長と思える少年がひときわ明るい声で男を呼ぶ。
男は軽くうなづいて軽く手を挙げた。
「ただいま、ナージャ、今日はなにか変わったことはなかったか?」
「何もなかったよ。市場での商売も上々。おっさんの木工細工結構良い売れ行きだよ。ウルカは師匠の仕事ちゃんとお手伝いしたか?」
「吾が今までおろそかにしたことがあるか? ・・今日は良い稼ぎができた」
「え?ほんと?・・・・すっげーー!! なんでなんで!? これだけあったら、建物の補強資材たくさん買えるじゃん!」
金の瞳の少年は、一番年長に思える少年に留守中の様子を訪ね、今日の稼ぎを報告しあっている。
その情景を茫然と見つめていると、男は、ふと、スフィルカールを見つめ、指を動かした。
"一晩、いや2日程だな。此処に泊っていけ"
「ここに?」
その文字の意味するところに考えが及ぶと、スフィルカールよりも後ろの二人が仰天した。
「え!!? それはいくらなんでも!」
「カール様、いけません。死病に侵されます!!」
"食事もある。近くに天然の湯が沸いているからな、湯あみもできるぞ。衣類も寝具も清潔。この通り建物は痛んでいるが、清潔で快適だ。"
「おかえりなさい先生。ご飯の支度ができてますよ」
声の主に、スフィルカールは目をむけた。
とび色の髪をまとめた青い目の少女。
野菜籠を抱えてたっている。
少し、腕にあざがあるのは、怪我のためだろうか。
「ナナ、今日の晩飯は?。」
「うん。市場でウサギ肉が手に入ったからシチューにしたの。先生お好きでしょう?」
「楽しみにしているようだぞ。」
「皆楽しみにしてくれてるから、張り切ってたくさん作っちゃった。」
"・・・どうする?"
その言葉が流れてきて、スフィルカールは唇をかむ。
試されている。
正直、緊張で足が震えたが、きゅっと足に力を入れた。
「わかった。御厄介になる」
その返答に、フェルナンドの声が高く響き、リュスラーンは思わず、スフィルカールの肩を掴んだ。
「か、か、か・・・カール様!」
「カール」
「お前達は帰れ、明後日に迎えに来い」
リュスラーンの手を振り払い、前に進み、スフィルカールは男を見上げる。
「この場所に居るだけで死病に冒されるというのなら、お前はともかくとしても、子供はとっくに罹患しているはずだ。」
"頭の良い子だ。では、すこし手伝え。子供たちが教えてくれる。病人の包帯を取り換えて、シーツを洗うんだ。"
男の言葉は、さも当然という流暢さで三人の間を流れていく。
「カール様に何をさせる気だ!」
剣の柄に手をやったフェルナンドの腕が急に彼の意図しない方向へ持ちあげられる。
「痛たたた。」
"お前はやかましいだけで迷惑だ。もう帰れ。"
「フェルナンド、リュスラーン、彼の言う通りにせよ」
軽く手をふり、二人を追い払うしぐさを見せると、スフィルカールは上着を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげた。
「よし、何から始めればいい?」
「カール・・。良いんだな?」
その言葉に振り向くと、リュスラーンの顔が目に入る。
さすがに心配そうに眉根の寄った表情に、スフィルカールは安心させるように強くうなづいた。
「うむ」
「わかった。・・・・おい、お前。俺たちは後日また来る。・・・・それまで、カールを頼むぞ」
リュスラーンのその言葉の裏に含まれている内容を、男は確実に受け取ったらしい。
"何、取って食いやせぬ。少々治療の続きをするだけだ。・・・明後日迎えに来い。"
その言葉と、フードから見える口元の笑みを確認して。
リュスラーンは何事かわめいているフェルナンドを引きずるようにその場を背にしていった。