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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
3."主"の視察
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3-08



 さすがに、その地域は大人達が行くべきだという結論に達した。

 いきなり領主と護衛騎士が出向いては問題があろうということでまずは家令を中心とした者で調べるということになり、少年達三人組は、またもとの見習い役としての気楽な勤めに戻ることになった。


 とはいえ、ここ数日は何やら様子が違う。


「ナージャ、フィルとカールはどうしたんだ?様子がおかしいが」


 さすがに同室のウルカは気になって仕方がないのか、とうとうナザールに問いただすことになった。

 聞かれたものの、ナザールにも説明のしようが無い。


「あー、なんか喧嘩したっぽい。俺もよくわかんねぇけどさ」

「珍しいな。お前とカールが多少言い合いするのは平生の事だが、カールとフィルが喧嘩とは」


 といっても、とウルカは先ほどから護衛騎士の後ろで、絶妙な距離を取って並んでいる騎士見習いの二人の背中を見つめる。

「カールがへそを曲げてツンケンしているだけか?」

「まぁ、そんなとこじゃね? オッサンの前ではちゃんと普段通り取り繕ってるから、今のところ様子見してる。師匠はごまかしようがないけど見て見ぬ振りしてくれるだろうから、そこは頼むわ」

「致し方無いな。早めに汝がどうにかせよ。部屋の空気が重くてかなわん」

「無茶言うなぁ」


 なにやら、重大な任務を背負わされたような気分である。


 リヒテルヴァルト領内のいくつかの農村も廻れるとこは視察し、シヴァはおおよそ領内の状況についてリュスラーンの引き継ぎ内容と変わらぬ事を確認した。


 そろそろ、公都に戻る準備を進める頃合いか、その前にあの地域も気になる、という話が食後の報告会でも出されるようになった時期に、シヴァはもういちど孤児院に行く事になった。

 どうやら、魔法使いの子供とおぼしき赤子が施設前に棄てられていたらしいとの連絡があったためである。

 名付けがされているかどうかもわからないので来て欲しいとの施設長の要請で、今回はナザールも同行することになった。

「さすがに、名付けがされていなかったらそのままでは帰れぬしな。その場合はナージャが名付けるしかなかろう」

「まぁ、良いけどさ」

"ナージャすまないね、こればかりは私がやるわけに行かないし"

 すこし、申し訳なさそうな様子の師匠に、ナザールは首を振る。

「ううん、全然構わないから気にしないで」


------------------------------------------------------------------------------------


「と、いうことで。お前達二人きりで待たせるのは少し気が重いけどさ、なんか知んねぇけど、ちゃんと仲直りしろよ?」


 施設の外で馬の番をするのが、スフィルカールとフィルバートだけであるという一点だけを気にしたナザールは、中に入る前にそう言い置いて師匠と護衛の騎士、そして侍従と一緒に孤児院へ入っていった。


「仲直りねぇ」

「別に喧嘩なんぞしておらぬ」


 金髪の後ろ姿に、同時に悪態をついたところで、互いに顔を見合わせ。

 また、ふいと視線をそらす。


 それぞれが、距離をとって馬の手綱を取り、所在なげに施設の周辺を眺めている。

 フィルバートがこちらを見ていない事を盗み見て、その余裕のある立ち姿に、また目をそらした。


 フィルバートには己の未熟さを刺激されてばかりだと思う。

 剣術や体術は相手になるはずはない、そんなことは最初からわかっている。

 学問は、結局こちらが今までそればかりやらされていたから多少彼らより進んでいるだけだ。


 そういうことはどうでも良い。


 なんというか、時折やけに"大人"に思えるのが嫌なのだ。

 実際、領主としてすでに実務経験があるようだし、東方公国の騎士としても認められている。

 フェルナンドが多少子供扱いするとはいえ、「ハルフェンバック卿」と彼を呼ぶのは、フィルバートを一人前の帝国属の騎士で、同僚同然と思っているからだ。


 これで毒味役までやられると、なんだかこちらが本当に"護られるだけ"の存在に感じてしまうのが歯がゆい。

 しかも思ったまま彼にぶつけてしまえば、己の子供っぽさを嫌というほど味わうだけなのもわかりきっている。

 だから、スフィルカールは何も彼に言えないのである。


 しかし、"どうせ、そのうちこの国を離れる異国人に毒味なぞされたくない"は拙かった。

 あれは絶対ダメな奴だ。

 思い出しては、罪悪感の重みに任せてどんどん凹んでしまう。


 だが、今更どう言えば良いのか、もうわからないのである。


 ふと、自分を見つめる強い気配を感じた。

 顔を上げて、視線を感じる方向に目を向けると、小さな痩せぎすの子供が目に入る。


 ボロボロの服

 細い手足。

 垢なのか日焼けなのか、不明なほどに不潔な肌。

 梳ったことがあるのかと思えるほどに痛み、ボサボサの髪。


 一人きりで、じいとスフィルカールを見つめていた。


 フィルバートは気がついていないようで、施設方向に目を向けている。

 馬の手綱を持ったまま、少し子供に近づくと、彼はにっと口を開いた。

 すきっ歯の前歯がとても清潔そうに見えない。



「ここの近所の子か?」

 スフィルカールの質問に、子供は頷くこともせずに言葉を紡ぐ。


「おれ達、ここの近所に住んでるんだ」


 つづいて、立て続けにセリフを繋ぎ始め、スフィルカールもつられて後に続く。


「ここを見に来たのー? ここお家がない子が居るんだよ」

「あ、ああ」

「お兄ちゃん達、御領主様のお屋敷から来たの?」

「うん」

 子供はにい、と口だけを横に開いた。

 


「お兄ちゃん、お名前なあに?」



「カール」


 なるほど、なんだか相手がしにくい子供だ。

 そう思ったところで、子供はクルリと背中を向けた。


「カールか」

 

 言い置くと、スフィルカールの反応を見ることなく走って街の影に消える。


「・・・今の子・・」

「あぁ、例の子かも知れぬ」


 フィルバートもさすがに気がついて近づいてくる。

 二人の後方から、明るい声が耳に届いた。


「お疲れ-。あれ? どうしたの?」

「ナージャ」


 ナザールは二人並んだ顔を見て、少しホッとしたように息をつく。


「仲直りしたのか?」


 その言葉に、スフィルカールとフィルバートは顔を見合わせ。


「いや別に」

「喧嘩なんかしていませんよ」


 またもや、お互いにそっぽを向いた。











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