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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
3."主"の視察
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3-07




 その日の夜、スフィルカールは一人きりで厩を訪れた。

 作業の合間に休憩するためのベンチに腰掛けて、ぼうっと馬房を眺める。


 すこし、うとうとし始めた馬の様子を景色のように視界に入れて、彼は固い木製のベンチに背中を預けた。



「実にわかりやすく落ち込んでいますね」


 かけられた声の方向を向こうともせずに、スフィルカールはやや乱暴に名を呼ぶ。


「・・・フィルか。なんだ」

「姿が見えないから、ここかなと思って。ダメですよ、屋敷の外で一人になったら」

「今は、タダの見習いだ。放っておけ」


 フィルバートに隣に腰掛けられて、すこし距離をとって座り直した。座り直すのと同時に、腰の向きを彼の方向とは反対側にかえる。

 視線を合わせない位置に座ることで、ざわつく心を少しでものぞき見されないようにと願う。


 ふう、とフィルバートが息を吐くのが聞こえた。


「御領主様が誰でも良い、ってある意味本当ですよ」

「・・・」

「私が子爵になった時も、あまり街の人は気にしませんでしたから。もちろん、出入りの商家や有力者はお祝いに来てくれましたけど、まぁ、それはお互いの立場や商売上必要なことですから、"わたし"が子爵である意味はそんなになかったと思います。草原の民の親戚は、父とも仲が良かったし、亡くなったときは一緒に泣いてくれましたし、私が領主になった時には共にお祝いしてくれました。でもそれは、わたしが領主だからではなく、私や父個人との関係性があって、"顔がよく見える"からです。・・昨日今日、領都に現れた領主に親近感をもつ市井の人はいませんよ。皆、自分の生活が維持出来れば良いのですから」


 たぶん、以前のナージャもそうだったと思いますよ、とフィルバートは続けた。


「ましてや、ほとんど民の前に出ない公王なんて、誰であっても良いんですよ。今までの生活を少なくとも悪くしない者であれば」

「では、なぜ、私を公王だと皆言うんだよ」

「知りませんよ。貴方がこの国の王である意味も、結局異国人の私にはわかりませんし。ご自身でお考えになればいいじゃないですか。・・・・ほとんど貴方のことを知らない一部の民の言葉に一々わかりやすく凹んで、午後からずっとグジグジした顔して。いつもの俺様はどこに行っちゃったんですかね?」


 そこで、スフィルカールは顔を上げた。


「結局異国人、と言っておいて、じゃあ今日のアレは何だ!?」

「今日のアレ、って何ですか」


 そこでとぼけたフィルバートに詰め寄り、今日のモヤモヤを吐き出す。


「昼食時の毒味だ。どうみてもタダの子供に一服盛るような者ではなかったのに」

「貴方が、屋敷以外で料理を口にするなら、誰の手によるものであっても気をつけるのは当然でしょう? 切っていないリンゴを丸かじりするんじゃないんですから」

「ナージャは好きに食べてた」

「ナージャと私はいいんですよ。・・・そもそも、ここへの道中だって、宿の食事はミラー卿が気をつけていたじゃないですか。彼には何も言わないのに、どうして私が毒味をするとそんなに怒るんですか」


 ぷいっともういちど視線があわない位置に体を移動して。

 スフィルカールは吐き捨てた。


「お前とナージャにはそういうコトされたくない」

「・・・お子様」


 やや、響きに嘲りが混ざっているような気がした。

 振り向きざま、スフィルカールは立ち上がり、目の前の東方人を見下ろした。


「どうせ、そのうちこの国を離れる異国人に毒味なぞされたくない」


 そのまま、一人で動きだそうとする手首をフィルバートがつかむ。

「カール」

「離せっ」


 ぐいと振り払い、後ろを見ないまま屋敷へと戻る。

 入口で、ナザールと鉢合わせたが、無言ですり抜けた。


「おい、カール」

「・・・・」


 一切視線も合わせずに、屋敷の中に入っていく背中を目で追って、ナザールは首をかしげる。


「あれ、どうしたの?」


 すこし離れて付いてきたフィルバートに尋ねると、彼は困ったように後頭部を叩いた。


「ちょっと怒らせちゃった」









 

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