3-06
お昼にさしかかると、市場の活気も落ち着く頃である。
休む間もなくこき使われ、腹の虫も活動が活発になりつつある。
「兄ちゃん、昼飯代のかわりに、パンとすこし果物買ってくれよ。それで、昼飯はおれの家で食べよう。母ちゃんが皆の分も作ってくれるって」
親方の言葉に、スフィルカールは首をかしげた。
「良いのか?」
「母ちゃんが、市場手伝ってくれるんなら、メシは家でご馳走するってさ」
スフィルカール達三人分と子供の分を併せると、パンと果物代は随分安く付いたのではないかと思う。
連れだって、子供の家に戻ると、彼によく似た女性が三人を出迎えてくれた。
「市場、手伝ってくれたんだって? ありがとう」
「あしたも来てくれても良いぜ?ってくらい親父達が喜んでた」
「俺達も結構楽しかったけど、明日もってのはむずかしいかなぁ」
派遣元には大変ご満足いただけたようである。
小さく、贅沢ではないが綺麗な家の内部に通され、台所に併設された食卓を案内される。
それぞれ、席に着いたところで、女性が大鍋を持ってドカンと卓上に置いた。
「まぁ、お野菜たっぷり、お肉はちょっこし、だけどね。煮込みスープと焼きたてパンに、果物をどうぞ」
「これは、ご馳走です」
「美味そう。いただきます」
「ありがとう」
スープ皿に取り分けられ、各自受け取る。
ナザールとフィルバートに倣い、スプーンを手に取ろうとしたところで、隣に座るフィルバートが食卓の下で隠れた彼の膝を軽く打った。
一瞥すると、すこし冷たい目が一瞬だけ返ってくる。
「これはすごく美味しい。野菜のうまみたっぷりですね」
「だろう? 今日の昼飯はこれだって知ってたから、兄ちゃん達にはとびきりのご馳走だと思って」
「すごいなぁ、お屋敷のスープにも負けねぇ」
「あんた、お上手だねえ」
一口、スープを口に運んで、フィルバートは料理の滋味の深さをたたえる。
膝が軽く打たれた。
そこで、スフィルカールもスプーンを取り、スープを一口口にする。
温かくて、胃に染み渡るのが実感出来る。
「あ、パンもすごく美味しい」
「あの店のパン、すぐ売り切れるからさ、さっき親父に取り置きをお願いしたんだ」
「おまえ、上手いことやるなぁ」
そこでまた軽く膝が叩かれる。
パンをちぎって口に入れかみしめると、なんとも言えない良い香りが鼻を抜けると共に小麦の濃い味が口の中に広がった。
美味い、と言葉にして顔をあげると、この家最高の料理人と目が合う。
彼女は、何の疑問も屈託も感じていない様子でにこりと微笑んだ。
「たくさんお食べね」
・・・・・余計なことを。
こんなにも穏やかな表情を持つ相手の料理を、毒味するのか。
すこし、もやもやする感覚を押さえ込んで、スフィルカールは食事を続けた。
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「え? あのあたりに行きたいの? あっち何もないよ?」
「いやぁ、あのあたり、というより初めて来たから、一通り街の中行ってみたいんだけど。そこってどういうところなんだ?」
「あっちねぇ、あんまり良い生活してないと思うよ。変な商売人も多いから、皆近寄らないよ。それに、ちょっと変な家もあるしさ」
食後の果物を頂きながらナザールがそれとなく街の情報を聞き出していると、母親があまりおすすめしない、という表情を見せた。
スフィルカールは、カットされた果物をやはりフィルバートが口にした後で静かに食べている。
「変な家って?」
「なんかねぇ、多分母親だと思う女の人と男の子が住んでるんだけどねぇ」
「母ちゃん?がさ、いつもぼうっとしててあまり喋んないんだよ。子供の方はなんかよく喋っててうるさい位なんだけどさ。なんか一方的でこっちの話全然聞かないから、あまり話したくなくて」
「それに、なんか母親がきーって声出すと、そこら中の窓とか扉がガダガタいいだすから、怖いんだよね、あれって何だろうね?」
・・・魔法使いか?
ちらりとフィルバートに視線を送ると、彼も同じように感じたようである。
しかし、スフィルカールだけに見えるように膝の上に手がかざされた。
ナージャに任せろ、ってことか。
「そうなの? 親父っていないの?」
「居ないんじゃないかねぇ?」
「他に眺めの良いところとかあるからさ、おれ案内しようか?今朝、親父の工房に行くっていってたあいつの家、革細工の職人だから、お土産にも良いんじゃない?」
案内役を引き受けてくれるという子供の誘いを断ってまで、彼らも件の地域まで足を運ぶつもりはない。
「じゃぁ、そうしよっかな」
「すみません、午後は息子さんを御借りします」
「何言ってるのさぁ、手伝ってくれた御礼だよ。気にしないで遊んでおいで」
襤褸が出ないように、スフィルカールはフィルバートやナザールに倣い、女性に礼を施す。
「また、お休みの時には遊びにおいで。あたしのご飯で良けりゃご馳走するよ」
その屈託のなさがかえって、余分な罪悪感をスフィルカールに与えた。