3-05
次の日、三人で街に出たところ、昨日の子供の内の数人に再た逢うことが出来た。
「あれ、今日は馬いないの?つまんねーの」
「うん、ごめんね」
一番馬に興味津々だった子供は、至極不満そうである。
すこし身をかがめて謝り倒すことに専念したフィルバートにそれは任せて、ナザールは子供達を前にして手を腰に当てて仁王立ちする。
「今日はさ、俺達1日街で遊んでいていいんだって。久々のお休みなんだ。だから、ここのおすすめ教えてくれよ。案内してくれると嬉しいなぁ。お土産とか、買いたいしさ」
「おれ、そんな暇じゃねーし。これから市場に手伝いに行くんだよ」
「あたしも、これからお洗濯で忙しいし」
「大体、タダでなんか教えろって図々しいんだよ」
一斉に世知辛い断り文句を浴びせられる。
それは折り込み済みのようで、全く堪えていない様子のナザールは交渉を始めた。
「わかってるよー。家の人に叱られんだろ? 昼飯代はこの兄ちゃんが出してくれるって。それで手ぇうたねって母ちゃんか誰かに聞いてきてくれない?」
急に指されたことで、スフィルカールはすこしだけ片眉をつり上げた。
「わたし?」
「諦めましょう」
隣の少年に実に爽やかに言い切られる。
「まぁ・・・市場の手伝いもやってくれるって言うなら、聞いてみてやっても良いけどさぁ」
「えぇー、嫌だ、割に合わなーい。」
「おれも、これから親父の工房に行かないとどやされるから、ゴメン」
すこし交渉の糸口が見えた一人に、愛想の良い笑顔と共にナザールは任せとけと請け合う。
「手伝う手伝う。力仕事はこっちの兄ちゃんのお得意だからさ」
急なご指名に、フィルバートが目を見張った。
「わたし?」
「諦めろ」
隣の少年はぼそりと言い切った。
市場に行くという子供は一度家に戻って母親に聞いてくれるという。
他の二人とは交渉決裂したため、それぞれの用事のために三人の前からいなくなった。
ボソボソとした声で、二人がナザールに確認する。
「昼食代と市場の手伝いだけで良いのか?」
「ある程度御礼のお小遣いあげなくて良いのですか? 他の二人も来てくれたかもしれないのに?」
お坊ちゃんな二人の疑問に、それは過ぎた金だとナザールは首を振る。
「お互い"こんなもんかな"って位が後腐れ無くて良いんだよ。いきなり高い金を見せて、他の子供に言いふらされると、足元見られて面倒になるし。第一、ガキにあぶく銭掴ませるのはあんまり良くねぇ」
「ふむ・・・。そう言うものなのか」
「あ、戻って来ましたよ」
先ほどの子供が三人の元に駆け寄り、大変爽やかな笑顔で交渉の結果を述べた。
「じゃあ、三人まとめて、午前中はおれの手下ってことで!」
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「何か、釈然とせんが」
「はいはい、文句言わずに働きましょうね」
大きな野菜籠を抱え、こんな筈だったろうか呟くと、フィルバートの声が軽やかにに聞こえてきた。
ちらりと隣をみやると、果物籠を肩に抱え右手で支えると共に、左手でさらにもう一籠持っている。
さすがに少年とはいえ、騎士は見た目以上に力があるようだ。
「ふふふ、あの子にしてやられましたねぇ」
ナザールの交渉の結果、午前中は市場で子供を手伝う、とは言ったが。
いざ行ってみれば、子供の親の店のみならず彼の斡旋で市場中の雑用をこなすハメになった。
スフィルカールとフィルバートについては、現在荷役として青果を扱う店に派遣されているところである。
「まぁ、面白いけどな」
「ここの産物が見られて実に楽しいですね。土地が肥沃なのがよくわかります。家畜もよく肥えているのでしょう、肉質も良さそうです。牧草が良いんでしょうね。ハムもチーズも美味しそう」
公都で市場を訪れることはあっても、こんなに長い時間を過ごしたこともなく、ましてや働くという事など初めてのスフィルカールにとって、すべてが目新しい。
草原の民との生活になじみのあるフィルバートにとっては、異国の食材や雑貨が珍しいのか、店主達にあれこれと聞いては目を輝かせている。
「しかし、ナージャの器用さと言ったらないな」
「さすが、としか言いようがないですね」
公都でも市場で働くことはあったらしい元孤児の魔法使いは、その如才なさで店主達の支持を一気に集め、ちょっとした間の店番だの、売り子の補助だのでご活躍中である。
午前中の親方こと店の子供に「兄ちゃん、お屋敷で働くよりこっちがよくね?」とまで言われる始末だ。
「リュスラーンから聞いてはいたが、ここは豊かだな。治安も良いようだし」
活気に満ちあふれた様子に、スフィルカールは頬を緩めた。
・・・リュスラーンが、整えた都市。
シヴァがこれから動かしていく都市。
荷役の依頼を完了させると、青果店の店主が手ぬぐいで汗をふきふき、ねぎらってくれる。
「坊主ども、ありがとうなぁ。ここはもういいから」
「はい、では私たちはこれで」
「そういや、普段はお屋敷の御領主様のとこで働いてるんだって?」
「ええ、そうなんです」
騎士見習い、とは言わずに屋敷の下働きだと言っておいたためか、気さくに話しかけてくれるのがありがたい。
市場の者達も、領主についてはすこし興味があるようだった。
「新しい御領主様ってどんなお人だ?」
「優秀な魔法使いで、とても思慮深い方ですよ」
基本的な受け答えは、フィルバートにお任せである。
当たり障りのない説明なのだが魔法使いという聞き慣れない存在に、周辺の店主達も併せて軽く色めき立つ。
「へぇ、魔法使いなんだ。・・ってどんなんだっけ?」
「火でも噴くのか?」
「違うだろ。・・・ええと、雨を呼んだり、とか?」
「空をかち割ったり?」
「ぶははは!そりゃぁすごいや」
大人達は、実に好き勝手に想像しているようである。
腹を抱えて一頻り笑った後、店主の一人が未だ残る笑いを抑えながら手を振る。
「魔法使いなんて、こんな田舎で見たことねぇから、全然わかんねぇや」
いやいや、そうじゃないだろう、とスフィルカールは内心驚く。
あちこちにいる、と言う話ではないか。
それを私は見に来たのに。
「あ、そうなんですか? 公都では魔術師や治療師がいますから、よくお見かけしますけど」
「いないいない、なぁ?」
「こんな田舎にいるわけねぇよ」
「そうなんだ、まぁ、良い方みたいですよ、うちの御領主様。いつもお優しいって私の主人が言っています」
店主達に動揺を見せることなく、フィルバートがそつなく続ける。
さりげなく、直接まみえる立場ではないことを織り交ぜながら。
「まぁ、魔法使でもなんでもいいや。俺達には誰が御領主でも、あんまり関係ねぇし」
「気にしてんのは商家の旦那くらいじゃねぇか?」
「まぁ、税が上がるようなら困るけど。そうじゃないんだろ?」
「暮らしがこのままなら誰が領主でも変わんねぇよな」
そこまで、言って、店主達は目の前の少年の雇い主が領主であることに思い至る。
日に焼けて黒く大きな人差し指を口元にかざし、店主の一人が目配せをした。
「おっと、坊主達。御領主様には内緒だぜ?」
「聞かなかったことにしておきますよ」
「ま、御領主様にお目通り叶うようだったら、税金上げねぇように宜しく言っておいてくれやぁ」
あくまでにこやかな表情を崩さずに、フィルバートは店主達に軽く挨拶をすると、その場を離れる。
ぐいっとスフィルカールの腕が取られ、耳元にささやかれる。
「わかりやすく動揺しないでくださいよ」
「・・・・」
そっぽを向くと、スフィルカールは取られた腕を振り払った。