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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
3."主"の視察
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3-03


 叙勲後に最初に領地入りした"リヒテルヴァルト侯爵"はかなり忙しい。

 領地の概要や現在の経営状況の説明を受けるのにはじまり、取引のある商家の挨拶など、屋敷内での仕事が山積していた。

 護衛の騎士も側にひかえているという理由で、見習い騎士も部屋の端にいる事ができたのでスフィルカールもこの領地の現状などを家令から実際に聞くことが出来た。

 そして、公都で領主が行っている孤児院の分院を領都にも整備する件については、領内の有力者や教会からも協力を得られそうだという見通しまで聞くことが出来た。


「領内の教会で折々にそういった事例もあり、細々とした一時保護の施設もあるですが、限界がありまして。何せ魔法使いの子供の扱いに慣れていないものですから。教会の神官も魔法使いでない者ばかりですし、領主様のご意見は大変ありがたい事だと言う者が多うございます」


 家令の言葉に、一応やっかいな事を持ち込んだわけではなさそうだ、とスフィルカールは内心胸をなで下ろす。


「領都にも一つそういう施設がございます。ライルドハイト侯からも引き継ぎがございましたように、以前より多少援助してはおりましたが、魔法使いの子供という視点がなかったのでこれからはその施設を中心として領内の他の施設と連携してはどうかと。定期的に魔術が扱える者を派遣することからはじめてみるということがよろしゅうございましょう」

『そうか。そこまで調べてくれてありがとう』

「御滞在中に一度ご視察されますな?」

『手配してくれると助かる』


 家令の説明に、受け答えするシヴァの様子に、やはりそつがなさ過ぎるとはスフィルカールは思うが、詮索してもシヴァが困るだけだと思い直す。


「承知いたしました。直ぐにでも」


洗練された物腰の家令は一礼すると執務室を出て行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


視察は侯爵と護衛の騎士、それに侯爵の侍従が家令の案内のもとで行うということで、騎士見習いと魔術師見習いの少年三人組は、主人達が公務の間は馬の番をしながら施設の外で待つ事になった。


「けどさぁ。発案はカールなんだから、お前も中に入らせて貰った方が良いんじゃないの?」


木陰で馬におやつのリンゴのかけらを食べさせてやりながらそう口を尖らせたナザールに、スフィルカールは無茶を言うなと顔をしかめた。

「シヴァからあとで聞けば良いし。第一そう言うなら、お前だって気になるだろう?」

「そりゃそうだけどさ」

「あくまでも、主はシヴァ様ですからね。何より、シヴァ様が御覧になって判断されるのがカールも安心でしょう?」

「俺も中見たかったなー」

「結局付いていきたかったのはナージャじゃないですか」


 スフィルカールは、二人の会話を他所に、リンゴの欠片を手に平に乗せて、馬の口元に持って行く。

ふごふごと動かしてリンゴを咥える馬の口の感覚がくすっぐったい。

馬の鼻梁を撫でて、大きな鼻の間を少し突くと、もっとよこせと言わんばかりに額をスフィルカールの胸にぶつけながら前脚で地面を掻いている。

「カール、あんまりリンゴをあげすぎないでくださいよ」

「うむ」

そうやって、しばらく馬と遊んでいると。


数人の子供の姿が目に入った。

 少し離れた建物の影から、こちらをじっと見つめている。

「どうした? ここの施設の子か?」

スフィルカールが声をかけると、子供達は首を振る。


「おれ達、ここの近所に住んでるんだ」

「ここを見に来たのー? ここお家がない子が居るんだよ」

「お兄ちゃん達、御領主様のお屋敷から来たの?」

あどけない声に知らず、スフィルカールの声も幾分優しい調子になる。


「そうだよ。今、皆の生活を見に来てくださったのだ」

「ふうん。あ、馬だ。見てもいいい?」

 ナザールはフィルバートに目で了解をとると、リンゴの欠片を子供に見せる。


「いま、おやつの時間なんだ。リンゴをあげる手伝いしてくれよ」

 すこし、警戒を解いた子供達が馬に近づいてくる。

 リンゴをあげるものや、軽く首をさわってみる子供など。

 好奇心は旺盛だ。


「お兄ちゃん、お馬さんに乗れるんだ?良いなぁ」

「可愛いですよ。怖くないから乗ってみる?」

「良いの?」

 すこし冒険心の強そうな子供が馬を見上げているので、試しにフィルバートが誘ってみると、目を輝かせた。その様子にスフィルカールはすこし不安そうにフィルバートにささやく。


「大丈夫か?危なくないか?」

「私が一緒に乗りますから、補助お願いします。なぁに、ここらを歩くだけですよ」


 先に騎乗したフィルバートの前にスフィルカールが補助して子供を乗せてやる。

 急に視界が高くなったことで、やや臆した様に体を硬くした子供の背後を支えて、フィルバートがちいさく子供にささやく。

「大きな声はこの()が驚くので静かにね」


ゆるゆるした動きで、馬が歩み始めると、子供は暫く緊張してはいたものの、やがて高い位置からの眺めに、興奮気味に振り返り、フィルバートに笑みを見せる。


「凄い!あっちに行ける?向こうに行きたい!」

「そうだなぁ、もうちょっとなら良いかな」


そこで、軽くスフィルカールに合図を送り、馬の首を巡らせて少し通りを進む。

馬を驚かさないように、はしゃぎそうになる子供をなだめながら耐えず周囲に視線を配り続けていると。

遠目に見窄らしい、小さな姿が目に入った。

ボサボサの髪に、赤黒い顔色。

手足はギスギスと痩せこけている。


異様な姿に不思議に思って、馬上の子供に尋ねた。


「あの子も近所の子?」

「あー・・町の端っこ辺りの奴かも。親が変だから、母ちゃんからあの辺の子供とは一緒に遊ぶなって言われてる」

「お家がない子じゃないの?」

「違うよー、確か。母ちゃんみたいなのと一緒にいるの見たもん」


子供は、フィルバートの疑問をよそに、乗馬に関心があるようだった。


「なあなあ、もうちょっと向こうに行こうよ」

「ん? 駄目だよ。あんまり遠くに行ったら、私が叱られる」

「えーーーーー、行こうよー」


すっかりお気に召したらしい子供の我が儘に、小さな子供の好奇心の果てのなさを久々に思い出し、フィルバートは苦笑いをする。

「そう言えば、クラウス達にも際限なく馬に乗せられたっけ」


ふと、先ほどの子供の姿を認めようと顔を向けると、そこにはもう件の姿は見えなかった。


「ちぇー」

「もうちょっと大きくなったら、練習すれば良いよ」


無邪気に不満を口にする様子に、何気なく返す。

出来るかなぁと子供は遠くを見やった。


「家に馬なんていないよう。近所のお金持ちの家に何頭かいるんだ。母ちゃんに言ったら、厩の仕事とか行かせてくれるかなあ」


 え、そうなの!?


 声にはしないが、内心驚きで目を見張る。



 馬がいないって、どうやって羊とか牛を追うんだろう。

 そもそも、放牧地の移動に必要なんだけど・・。



 草原育ちの騎士見習いは、そんな疑問でぐるぐるを頭を回し始めた。







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