3-02
公都からリヒテルヴァルト領まで、そう遠いわけではない。
所詮、辺境の小国なので国の中央部にある公都から南部の目的地まで2~3日の旅程で到着した。
勿論、道中宿を取ったが、そのたびに面倒なのがフェルナンドである。
スフィルカールとフィルバート、ナザールにウルカの少年(に見える)四人組が一室に相部屋なのも気にするし、彼の馬の手入れをフィルバートとスフィルカールが行うのも、大変お気に召さない様子である。
そのたびに、スフィルカールとフィルバートから、今回の視察の趣旨も含めてくどくどと言い含めることになる。
人選まちがったんじゃねぇの?というナザールのぼやきに、フィルバートもスフィルカールも何度か首肯したくなったが、スフィルカール云々の前に"シヴァ・リヒテルヴァルト侯爵"が領地に向かうのに、それなりの護衛が必要なため、そう言う意味でもやはりフェルナンドが今回の視察に同行する必要はあったので、城に返すという格好の悪いこともできなかった。
「なんかさー。フィルを護衛騎士にして御附きをカールにしたらもっと話が簡単だったんじゃないの?」
乗馬を習いたかったら、ちゃんと馬の世話からやるように、とのフィルバートの言いつけでナザールも馬の手入れを手伝うようになっていた。
リヒテルヴァルト領の屋敷に到着し、馬を休めた所である。領主らしい領主をはじめて迎えるとあって、屋敷の家令はじめ使用人達の気合いの入った出迎えに、領主たるシヴァは鷹揚な様子で労をねぎらった。やはり、手慣れているのが妙だとスフィルカールは思ったが、思っただけで口にするようなことはしなかった。それより、グダグダ言いそうになる護衛騎士をあっという間にサロンに誘導したシヴァと家令の鮮やかな手腕に感嘆することしきりであった。今頃はゆったりとお茶でも飲んでいるだろう。そちらはウルカに任せて、他の少年達は安心して馬丁よろしく仕事にいそしんでいる。
「私だと根本的にまだ若すぎますし、任が重すぎて不安ですよ。何のかんの言っても、ミラー卿はやはり実績も経験も豊富な騎士ですし。それに、こういうのは見た目も大事です」
「まぁ、貫禄は皆無だな」
「それに、カール一人で馬の世話って無理でしょ」
「うむ・・・」
折角なので、という理由で馬装の準備や手入れなどを一通り指導される事になり、毎日覚える事が山のような現状を思い出すと、反論の余地は全く無かった。
すべての馬装を解いて屋敷内の放牧地に馬を放すと、柵の向こうで草を食んでいる様子を眺めながら三人は爽やかな空気を思い切り肺に取り込んでいる。
「あのオッサン、最初から思ってたけど、カールの事になるとホント面倒くさいよね」
「まぁな・・・・」
「カールのことを心配している一心だとは思うんですけどね」
幼い頃からずっと付いている騎士のことをあまり無碍に出来ないスフィルカールの内心を見透かすように、フィルバートがとほほと息をつく。
「国許の師匠とちょっと同じ匂いがするんですよねぇ。なんかいちいち先回りされる感じが」
「サミュエル・ランド伯爵?」
「なんかフィルのこと心配しまくった挙げ句、リュス様に絡んだって奴?」
フィルバートを気に入ってラウストリーチ公国に留め、修行させているという経緯に、いろいろと考えすぎた挙げ句に、帝都でリュスラーン相手に詰め寄った伯爵の話は、一応笑い話である。
軽く後頭部を叩いて、柵に身を預けるようにだらりと腕を下ろし、フィルバートは遠くの空を見つめた。
「父に似ているから、心配になるみたいですよ。・・・私の年の頃の父はあまり良い環境にいなかったようですし。といっても、詳しくは教えてくれないんで、全然わかりませんけど。だからって、いろいろ先回りされると、ちょっと鬱陶しいんですよね。ああいう場所に行くなとか、あの輩との付き合いは気をつけろとか、一人で行動するな、とか」
「・・・・フェルナンドに一通り同じ事言われた記憶があるぞ」
「フィル。この国にいる間は、やんちゃ坊主やっても俺良いと思う」
爽やかな空と牧草の景色とは対照的などんよりとした空気感が三人に覆い被さったところで、フィルバートはやめやめ、とそれを振りはらった。
「だから、まぁ、カールがミラー卿を無碍にできないのもわかりますから、頑張ってあしらいますよ」
「あしらう・・・」
「オッサンの扱い低っ」
ぷっとナザールが笑い出したの皮切りに、三人で暫く笑い声を空に響かせる。
一頻り笑って、気を取り直すと馬の餌の準備を始める。
馬桶や飼い葉の準備を始めたところで、身なりの良い初老の男性が厩に近づくのが目に入った。
「こんにちは」
少し薄い髪を軽くなでつけ、男性は三人ににこやかに微笑む。
この屋敷の家令である。
出迎えで挨拶したきりであるが、そもそも見習いの少年に直接声をかける立場にはないはずである。
他に連れている使用人もなく、一人でここまできたようだ。
「これは、家令様。如何なさいましたか、主人になにか?」
フィルバートのそつのない言葉に、スフィルカールもナザールも居住まいを正すと、いえいえ、と家令は軽く否定した。
「騎士様も旦那様も準備したお部屋に入られました。侍従殿と皆様のお部屋も準備が済んでいますので、お仕事がお済みなったら一度お部屋でお荷物を解かれては、と思いましてね」
今回も、ウルカと三人は同室となったようだ。スフィルカールの警備を考えるとその方が良い、とのフィルバートの言もあり、もう同室についてはフェルナンドもとやかくは言わないだろう。
「はい、ありがとうございます」
フィルバートの礼に倣ったスフィルカールの前に影が差す。
「それに、このような場所でない限り、貴方様に直接お声かけできる事はないと思いましてね」
顔を上げると、家令の穏やかな顔が目に入った。
「大きくなられましたな、殿下。リュスラーン殿に折々に貴方のことは伺っておりましたが、直接お目にかかれて大変嬉しゅうございますよ」
その言葉に急に面はゆさを感じて、しどろもどろになる。
「う・・うむ。しばし、世話になる」
「それから、貴方がフィルバート様で、貴方がナザール様、ですね」
スフィルカールの両隣に立つ二人の少年にも、家令は同じく穏やかに微笑んだ。
「いろいろとリュスラーン殿からお聞きしていますよ。カール様をどうぞよろしく」
いろいろ、のところで何やら引っかかるものを感じながら二人ともそれぞれ礼を返した。
「は、はい・・」
「滞在中はお世話になります」
「それでは、失礼いたします」
優雅で隙のない身のこなしで踵をかえすと、家令はそのまま屋敷の中に戻っていく。
「カール、あの方は?」
「帝都から出るときにリュスラーンが声をかけて連れてきた家令だ。わたしも4~5歳の頃に会ったきりであまり記憶がない。リュスは時々この屋敷に来ていたから、私達のことを話していたのだろうな」
「・・・元はというか、あの方は武人ですよね」
「そうなの?」
もう見えない家令の後ろ姿を目で追いながらすこし目を細めたフィルバートのつぶやきに、ナザールは少し声を高くした。
それを横目に、スフィルカールはくるりと背を向けて馬の世話の準備をはじめる。
飲み水を用意するために、馬の桶を準備したところで、彼はちいさく呟いた。
「元々は皇帝に取り潰された家の騎士だと聞いた」