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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
3."主"の視察
32/135

3-01


 馬に揺られながら、ずっと遠くの空を眺めていると、一羽の鳥が悠々と飛んでいるのが見えた。


「・・・・」

「こら、カール。ぼうっとしない」

 隣からすかさず先輩見習い騎士の声が飛んできた。

「・・・うむ」

「はい、でしょ?」


 いつものように返事をして、さらにフィルバートの注意を受ける。

 素直に、スフィルカールは身を正した。

「はい」

「・・・・・フィルバート、これに」


 前方からの騎士の声に、はい、ただいまとすぐさまフィルバートは馬を進める。

 隣まで並んだ見習い騎士に、屈強な騎士は周囲をはばかりながらひそひそととがめるような顔を見せる。

「・・・・ハルフェンバック卿。まだリヒテルヴァルト領まで距離があるではないか。殿下にそのような言い方はないぞ。それに第一どうして殿下は馬車にお乗りにならないのだ。そろそろ冷える時期なのに」

「フィルバート、とお呼び下さい。城から出た瞬間から、視察は始まっておりますよ。今のうちからある程度慣れておかないと、いざというときに襤褸が出てしまっては元も子もないではありませんか。見習い騎士が馬車にのっていたらおかしいでしょう。第一、帰城するまでのカールの扱いについては私に一任すると、リュス様とカール本人からももうしつかっております。ミラー卿の今回のお役目は、カールの護衛ではなくて魔術師長シヴァ・リヒテルヴァルト侯爵の護衛であらせられます」

「それにしたって、ロズベルグの坊主が馬車なのに・・」

「ナージャにはまだ馬での移動は危ないですよ。・・・早く慣れてくださいね」


 しょうがないなぁとでも言いたげに苦笑いを残して、するすると馬を元の位置に戻す。

「我らが主人はまだあれこれと言っているのか」

「随分と貴方を心配していますよ」

 隣に戻ったところで、スフィルカールがやれやれと肩をすくめた。

「慣れるのに彼が一番時間がかかりそうだ」


「俺も馬とか龍に乗れたら良かったなぁ」

 馬車の中で窓の外の光景を眺めながら、ナザールはすこしつまらなさそうにクチをとがらせた。

「フィルもカールも楽しそう」

"まあ、馬は乗れたほうが良いね。道中カール達に習うと良い。龍で遠出するなら、もう少しナファに練習させて貰わないと、無理だな"

 ナザールに命を助けてもらったことをきっかけに城に出入りするようになった白い龍は、呼び名をナファという。

 どうも、ナザールの魔力がお好みらしく、すっかり懐いている。人の姿の際は黒い髪に青銀色の瞳の超絶美女なのだが、彼女曰く"少し窮屈"だそうで、建物の中や街中以外では大体龍の姿で過ごしている。

城の上空を堂々と飛んでいるおかげで、「公王のお城には龍が出入りしている」と城下でも噂になっているようで、龍に関する妙な商売を自覚している者が"調べが付く前に"と何軒か自首してきたのは嘘のようなホントの話である。

 今回の視察にもついて行きたそうだったが、ナザールが目立つから駄目とたしなめると、素直に聞いてくれた。初対面では押しが強い様子だったが、ナザールの反応を見ているようで、ちゃんと距離間をわきまえてくれるのは、さすがに経験の豊かな龍と言えよう。


ただ、どうにも合わない者はいるようで。

「騎龍の練習なら、あの雌龍でなくても、吾がいつもでも付き合ってやるのに」

黒髪で金眼の少年が、あまり機嫌の良くない様子でそっぽを向いた。

「吾が居るから問題ないのに、ナージャに鱗なんぞ押し付けて。彼奴の気配がずっと残って不愉快だ」

「そう言うなよ」

 御守りにしてくださいまし、ということで渡された白銀の鱗は、光にかざすとキラキラと空の色をすかして七色に変化するのが綺麗だとナザールには思えるのだが、この龍の御不興をかってしまうのであまり出し入れできない。今は小袋に入れ、首からさげて服の下に隠している。

「第一、ウルカはちょっと荒っぽいんだよ。ナファみたいにソロソロっと飛んでくれれば怖くないのに、いきなりブワッと行くだろ。ホント、怖いんだって」

「こう言うのは、慣れだ。10回位振り落とされたらいやでも身につくぞ」

にやっと意地悪な笑みに、先日盛大に城近くの湖に振り落とされた誰かを思い出し、ブルブルと首を振った。

「フィルと一緒にしないでくれよ」

"ウルカは、フィルが乗るといつも無茶をするな"

シヴァは不思議そうに首をかしげた。

"私を振り落とそうとしたことなどないのに"

「・・・さすがに汝を振り落とすような真似は出来ぬ」

呆れ気味に返したあと、ウルカは少し決まりが悪そうに肩をすくめた。

「フィルは、何度振り落としても挑んでくるから、面白くて、ついつい」

"物言いがどこかの誰かに似ているな"

毎度毎度、フィルバートをぐうの音も出ない程度に剣で打ちのめしている留守居役を思い出し、シヴァはクスっと笑みをこぼす。

「大体、馬にしろ龍にしろ、あいつの乗り方おかしいだろ。曲芸じゃないんだから」

「領地で草原の民に相当仕込まれたそうだからな。普通の騎士の乗り方ではないな」

東方公国のハルフェンバック領は草原の一族の領域との境に位置している。

フィルバートは幼い頃から母の実の親戚筋である草原の一族達と共に馬の扱い方の教育を受けているらしい。騎馬に優れた者達の手ほどきを受けているため、軽業師もかくやと言うべき技術を持っている。

ちなみに、先ほどから全く話題に上らないスフィルカールは、数度ウルカに乗せて貰い、基本的には馬と同じ乗り方だと理解した時点でそれ以上乗るのを止めた。

龍に乗る以外に手段がない状況に追い込まれる可能性が有ったとして、乗馬の応用であることが分かっていれば問題ない、と実に淡泊な理由である。


「この視察から帰れる頃にはもう少し乗れるようになるかなぁ・・」

 ぼんやりとまた外に目を向けたところで、隣を移動するスフィルカールと目があう。少し前を進むフィルバートに何やら声をかけ、共にこちら側に軽く手を挙げて見せた。

 見習い騎士らしい、そろいの制服。

 武具も敢えて素朴なものを身につけている。

 公王と他領の騎士とはちょっと思えない姿が、いつもより余計に無邪気に見えた。


「カールの奴。一番楽しそう」

 ちいさく手をふって二人に返し、ナザールは笑みをこぼした。


 








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