2-14
「へえ、やっぱりあの屋敷、クロだったんだ」
「いろいろ調べたら、まぁ叩いたら何か出てきそうだったんでねぇ」
どうやら、件の屋敷は、龍の生体を闇で売買する業者の物だったらしい。
リュスラーンの報告を聞きながら、少年達はアップルパイと濃い紅茶を楽しんでいる。
「・・・傷ついた龍がいた?」
ゆゆしそうに眉根を寄せたナザールに、沈んだ声でリュスラーンが答えた。
「それなりにね。ちゃんと償いはさせるよ」
「・・・そういえば・・・痛かったんじゃないの?ウルカ」
腰に結わえた新しい短刀を一瞥して、フィルバートがウルカの顔を覗う。
「いや、前々から落ちた物を取っておいていたからな。それを進呈しただけだ」
金の瞳の少年は大したことはないとツンとそっぽを向く。
「龍の鱗ってそんなにポロポロ落ちる物なの?・・まぁ、フィルの短刀の柄に使うのにちょうど良いからありがたいけど」
「綺麗な拵えになったじゃないか」
黒光りする柄が美しい短刀を見つめて、スフィルカールは目を細めた。
「ええ、すごく素敵ですね。柄も手になじむし、刀身の重さも良い感じです。」
「龍の鱗を使うと、物理的に強度も増すし、魔法抵抗値も上がるから、フィルには良い得物だね」
龍といえば、とリュスラーンの顔がにやけた。
「あの龍のお姐さん、すごいね。ナージャ君」
「あぁ・・・・・」
途端に遠い目になるナザール。
フィルバートが吹き出し、スフィルカールの口元がにやつく。
「モテてますねぇ」
「お前の魔力、すごいんだな」
「あんまり・・・・嬉しくない・・・・」
さらに意識を飛ばしかけたナザールに、シヴァが苦笑いしながらなだめた。
"魔力の相性が相当良いんだろうね"
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「もう、一時はどうなることかと覚悟したのでございますのよ」
黒い髪に白皙の肌。
赤い唇が妖艶な美女が、先ほどからずっと喋りっぱなしである。
「あたくし、つい好奇心でいつものテリトリーからふらふらと出てしまったんですの。そこに妙な人間に捕まってしまって。もう、鱗は無理に剥がされそうになるし、牙を抜こうと麻酔をかけられそうになるし。人間の男って、どうしてあんなに野蛮なんですの? あたくし、命はないものと諦めましたわ」
「・・・うん、大変だったね」
なんとか、相手の勢いに飲み込まれないとナザールはクチを挟む。
白い龍は、体調が戻ると極上の美女に姿を変えた。
姿を人と同じものに変えてから、何故かナザールの側を離れずに始終あれこれ喋ってくる。
「もうだめ、と思ったところで、なんとも言えない魅力的な魔力があたくしを呼ぶんですもの。これに乗らない手はないじゃぁありませんか。ナザール様のおかげですわ。あたくしの命の恩人」
そう言いながら、ナザールの手を握りしめ、ずずいっと体を寄せる。
「あたくしを、御側に置いてくださらない? これでも、それなりの力を持った龍でしてよ?」
「ちょ、ちょっと待って」
「おい、すこし図々しいぞ」
タジタジとなるナザールと美女の間に、少年の姿をした龍が割り込んだ。
「ナージャが困っておる。汝、それなりの龍だろうに慎みがないぞ」
「おだまりな。坊やのくせに」
「なっ・・・・」
子供扱いされたことで、顔を赤くしたウルカに、美女の姿をした龍がふふんと愉悦に満ちた笑みを見せる。
「契約ついでに、相手に力を喰われるようでは、まだまだお子ちゃまですわね。しばらくはその姿元にはもどりませんわよ?」
「この・・・クソばb・」
「はぁ!? 今なんてお言い!?」
怒髪天を突く美女の怒りは、それはそれは迫力に満ちていて。
「あの・・・・落ち着いて・・・・」
ナザールは双方をたしなめることしか出来なかったのだった。
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「まぁ・・・・・、契約云々は、もう少し考えて、結論は後にすることにしたよ」
"賢明な判断だね。あの龍と契約するにはナージャはまだ未熟だ"
契約するには、まだ未熟者だし、魔術の方向性もまだ決まっていないから、きちんと修行してから考える。
ということで、ナザールは白い龍との関係性を保留することにした。
彼女は、龍の中でもそれなりに力を持ち、成熟した存在らしい。
ナザールの成長にとっても、悪い存在ではない。
ということで、好きに城に出入りして良いと、白い龍は公王より許しを得ることができた。
呼び名だけは覚えて欲しいと、白い龍はナファと名乗り、一旦自分の縄張りに帰ると言って飛び立っていった。
「あの、雌龍。龍としての慎みがない上に、高慢に過ぎる。よくよく考えることだな」
ウルカは思い出しただけで、不機嫌そうに鼻の頭に皺を寄せた。相当あの龍が気に食わないらしい。
"ウルカはもう少し眷属の年長者に敬意を払おうね。どう見ても、彼女は君より知識も経験も豊富な龍だよ"
さすがに、シヴァにはわかるのか、ぴしゃりとたしなめられてまだ若手(らしい)の龍は閉口した。
ちなみに、ナザールは白い龍に対して、自らの師匠も力のある魔術師だと水を向けてみたが、"すでにあの坊やを従えていらっしゃいます"とあっさり断られた上、"かなりの魔力をお持ちなのはわかりますが、そもそもあたくし、ああいう性質の力は好みじゃございませんの"となんだかシヴァが振られたような微妙な展開になって終了した。
「で、その未熟者の皆さんは、今度視察に出てもらいましょうかね」
「・・・視察? どこに?」
「うん、まずは俺の講義内容をちゃんと復習してもらおうかな。ナージャ君」
「はい・・・・リヒテルヴァルト領ですね」
今まで毎回意識を飛ばしていた政治学の講義は、スフィルカールとフィルバートの手を借りながらなんとか追いつこうと鋭意努力中である。
「リヒテルヴァルト領だから、今回俺はお留守番」
"私が行くのか・・・"
気が進まない様子の"侯爵"に、リュスラーンはここぞとばかりに容赦がない。
「君の領地でしょ? 大体叙勲以降今まで一度もカントリーハウスに顔をだしたこと無いって、領主として少々問題ありだよ? 家令からも一度おいで下さいって言われてるじゃないか。ちゃんとお仕事してきてください」
「領主の視察ということでシヴァが出向いて、それにこそっと我々がついて行くのだな」
こそっと、という所に妙にわくわくした様子のスフィルカール。
お遊びじゃないからな、と少し浮ついた少年に釘をさして、リュスラーンは続けた。
「カールが表立って出かけて良いのはもっと大人になってちゃんと"公王"らしくなってからだね。君たち三人は領主の宮廷魔術師長に従う魔術師見習いと、護衛騎士に従う見習いの少年二人って役どころだ。あちらの家令にはその様に遇するようにとも伝えてあるから、ちゃんとそれらしく見えるように言動に気をつけてよ? 特にカール」
「私よりフェルナンドの方を心配せよ」
カール様を見習い扱いなんてとんでもない、と相変わらず融通の利かない筆頭騎士が上手くやれるだろうか、と不安になったところで、なんとかなりそうです、とフィルバートが軽く手を挙げた。
「カールではなく、私に声をかけるようにしてくだされば上手く行くのでは、と申し上げたところ、少し落ち着かれたようですよ。まぁ、私も去年までは師匠、ランド卿の見習騎士でしたのでその点では何かしらお役に立てるかと。基本的な仕事は私がこなしますので、カールは後ろでおとなしくしててくださいね」
「カールは、ちゃんとフィルの言うこと聞いてよ」
「何か、私が一番やらかしそうな前提で言っていないか?」
リュスラーンが何か言おうと口を開く前に、両隣に座る少年達の言葉が容赦なく先に飛び出した。
「何言ってるんだよ。お前が一番トラブルの元なんだよ。突然坊ちゃんされると俺もフィルも対処しきれねーから、そういうときはこそっと聞けよ?」
「基本が俺様なんですから自覚して下さいね」
"そろそろ、お前が言うことがなくなるな"
「なんだか頼もしくなったねぇ」
三人の様子を眺めながら、シヴァとリュスラーンはそっと茶入ったカップに手をかけた。