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ラウストリーチ家の未熟者  作者: 仲夏月
2.聖なる魔術師と白い魔女
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2-13


 それなりの時間を過ごしてスフィルカールが自室に戻り、それそろ、フィルバートとナザールも就寝する頃合いに近づいた時。

 部屋を出ようかどうか、すこし逡巡するナザールにフィルバートが声をかけた。


「あの龍の所に行くなら、私も行きますよ」

「いや・・良いよ。一人でいけるし」

「ダメです。・・・夜ですし、城は完全に安全ではないって言われているでしょう?」


 きっぱりと騎士に言い切られるとそれ以上何も言えない。

 黙り込んだナザールの寝台に近づき、隣に腰をかけると、フィルバートはそっとその膝に武器を置いた。

 いつも、彼が腰に結わえている短刀である。革製のホルダーとベルトも付いている。


「暫く預けます」

 さらりとした言葉に、ナザールの目が丸くなる。

「え?・・これ、いつもお前が持ってる奴じゃん」

「私にはそろそろ軽くて扱いづらいんですよ。・・・・魔術師用だから」


 その言葉に、ナザールの表情がさらに青くなった。

「魔術師用・・・。って、それってお前の」

「父がいつも使っていた物ですよ」

「そ、そんなの、俺使えないよ! お、お前の弟とか妹が持つべき物じゃないの?」


 だから、あげるんじゃないんです。預けます。


 フィルバートは言い切る。

「彼らが大きくなったら、どちらかに渡そうと思っていたんですが、扱えるまでにもう少し時間が必要ですしね。それまでは、貴方に持っていただいた方が良いと思いまして」

「でも・・・俺、剣なんて・・」

「扱えるように、これからなるんです」

 少し、語気を強くしたフィルバートがナザールの肩をつかんだ。

「武器として使うんじゃないんですよ。盾にもなるし。第一、血を媒介する魔術には必要ですよ?」

 ナザールは膝に置かれた短刀をそっとさすった。隣から、フィルバートの腕が伸びてその柄を握らせる

「こう持って、ここを引っ張ると、安全に抜けます」

 言われたとおりに、刀身を抜き、そっと持ち上げて部屋の灯りにかざした。

「これが、お前の親父さんを護ってくれてたんだ、綺麗だなぁ」

 武器なのに、何故か綺麗だとナザールは思った。

 暫く眺めて、やはり武器なのでちょっと怖くなり、また元のようにホルダーに戻す。

 今度もフィルバートが手伝ってくれた。

「あの時、持って行かなかったから、帰ってこなかったのかな」

 肩が触れあう程の距離でぽつりと呟いた言葉がものすごく重く響いた。

「しばらく留守にするけど、自分がいない間、母と弟妹のことを頼むと言われて渡されたんです。御守りにしなさいと。・・・御守りにするには、もう軽くなってしまった」

 なのに、帰ってこないんですよ。ひどいですね。

 すくっとフィルバートが立ち上がり、ついでナザールも強引に立ち上がらせる。

「はい、後ろ向いて。装備してあげましょう」

「え?」

「龍の所に行くんでしょう?それに装備を手伝うのは今日だけですからね。明日からは自分で装備するんですよ?それから、寝るときは枕の下に入れて、すぐに取り出せるようにするんです。敵は寝込みを襲うことだってあるんですから。時々はその練習もしないとね」

 何かをごまかすように、いつもより早口で喋りながら、手早く短刀を腰に装備させてくれる。

 ついで、自らの装備も調えると、背中を見せたまま固い声を響かせた。



「だから、大事にしてくださいね」



 では、行きましょう。

 ナザールの反応を聞くことなくそのまま扉を開けて、フィルバートは先に歩き出した。



----------------------------------------------------------------------------


「どうした。今日は二人揃って」

 龍の姿でゆったりとくつろいでいるウルカの前に、ナザールとフィルバートが並んでいた。

「ナージャがあの子の様子を見に行くんだって。私は付きそい」

 にこにこと微笑んでウルカの懐にちょこんと座ると、フィルバートはナザールを促した。

「私はここでウルカの歌を聴いて待ってるから。気が済むまでどうぞ」

「歌ってなんだ?」

 首をかしげたナザールに少し慌てて龍は顎をしゃくった。

「何でもない。早ういけ。・・・・シヴァと、ロズベルグ卿が様子を見ているはずだ」

 ウルカの言葉に、ええっ?と声を上げ、ナザールは軽く駆け出す。

「師匠はともかく、何だってじっ様が・・」


「・・・余計なことを言うな」

「ゴメン。だってすごくいい声なんだよ。ウルカの歌声」

 剣を肩にかけて、へへとごまかすかのように笑みを見せたフィルバートの腰にいつもの武器がないことにウルカが気付く。

「腰の短刀は如何した?いつも身につけるように癖つけているのではなかったのか?」

「うん。ナージャに貸すことにしたんだ。そろそろ軽いなぁって思っていたから、私は別に誂えようかなと」

「そうか」

「私とウルカだけの秘密でいいからさ。また歌を聴きたいな」


 仕方ないのう。土産の分は聞かせてやるか。


 悪戯っぽい瞳に負けたとでも言うかのように。

 ウルカが翼を広げて、フィルバートが冷えぬように体を覆う。

 少し声を抑えて、草原の民謡を口ずさみ始めた。


----------------------------------------------------------------------------



「師匠にじっ様、どうしたの? こんな時間に」

"ナージャ、いくらなんでも御養父なのだから・・"

「いやいや、それで良いと最初に言ったのだから」


 シヴァと、老魔術師でありナザールの養父となったロズベルグが、白い龍を前にしていた。

 小走りに近づいて、ロズベルグの隣に立つと、シヴァの文字が目の前に流れてくる。

"どうも、私の魔法だとあまり相性が良くないらしくてね"

「ちと、治りが悪いのでな。魔方陣を書き換えることにしたんだ」

「え?あまり具合が良くないの?大丈夫?」

 不安そうな顔に、ナザールの養父はぺたりと紙切れを押しつけた。

「・・・連れてきたのはそなたじゃろ。責任持って面倒見ろ」

"多分、ナージャの術が一番相性が良いんじゃないかという結論になってね"

 はり付けられた紙を見つめて、老魔術師の顔を見上げる。

「俺・・?」

「お前の術に惹かれてここまで来たんだ。そう思うのが自然じゃろう?」

「だって、俺、そんな術式まだ習ってないよ?」

「だから、今回は儂が魔方陣と魔法構文を組み立てたんだろうが。メモの通りにやれば動く」

"明日にしようかと思っていたのですが。ちょうど良いところに来てくれたから今のうちにやりましょうか。ナージャ、準備が出来たら私が今の術を解除するから、発動させて"


 少し、不安そうな表情で、ナザールはメモを確認した。


 ・・・あの時みたいに、迂闊に発動させないようにしないと。何が書いてあるか、ちゃんと理解して。何が起こるか、想像して・・。


 迷惑だ、と言った街の女の顔を思い出し、落ち着くために息をついて、魔法構文を読み込む。


 あ・・・・あれ?


「師匠・・・、じっさま・・・」

「なんじゃ? 読めない字でもあるのか?」

「ううん。そうじゃない。・・・・この構文、古典文学の引用?」


 その言葉に、老魔術師は、にんまりと笑みを見せた。

「リヒテルヴァルト卿。まぁまぁ育ってるじゃないか」

"恐れ入ります。ロズベルク卿"


 はにかんだような笑みを見せる師匠に、老魔術師は満足そうな表情を見せた。


「坊主。魔法を発動させる場合は、地形、風向き、天候に注意せよ。発動したら、どのような方向に強い影響がでるか、効率の良い魔方陣の配置はどこか、考え抜いて最善と思える場所に魔方陣を敷き、最善の構文を組み立てる。言葉は、人が作り上げた物だ。人に与える影響は最も強い。古の言葉には、魔力が自然と宿る」

 ぺしっと額を叩かれて、養父は豊かな髭の奥に見える口元をほころばせた。



「魔術とは、基盤的かつ総合的な学問なのだよ」













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